ゆったりした日々

気が付けば、久しぶりの投稿となりましたが、淡々と毎日を過ごしていました。

日常

ちょうど報告書関係の提出・確認が終わり、一番のんびりできる時期になっています。

ずっとのんびりという訳でもないのですが、これまでと比べれば何もしていないに等しいくらいゆっくりとしています。幸せの青い鳥が来ないかなと、事務所前の鳥を観察していました。

それでも11日、南相馬市の移住担当課のみなさんが山元町に来て頂き、色々と意見交換をさせて頂きました。共に目指す方向がとても近く、楽しい時間でした。

さらに、取り組みを理解できない層(世代の違い?立場の違い?)の存在も全く同じで、人は体験するか想像できる範囲でしか価値を認められないのかもしれません。

足元の観察

まあ、足元の価値は気が付きにくいものなので、常に感性を磨き続けなければいけないのかもしれません。日々勉強ということで、足元の観察をしてきました。

山の濃淡ある緑色に流れる紫のフジの花があったり、フキが群生していたり、コケ、山椒、オトギリソウ、わらびなどが生えていました。こうして巡ると、足元はとても豊かなことに気が付きます。そして、国道沿いには個性的な建物もありました。

草(野草、山菜)を売り、草コイン(仮想通貨の中でもゴミに近いコインを指すらしいです)を買って1億円くらい稼げば面白いんじゃないかとか、バカなことを考えていました。

読書

あとは、空いた時間で本を読んでいました。今読んでいるのは『応仁の乱』の二番煎じで出版された?『観応の擾乱(かんのうのじょうらん)』を読んでいます。

室町幕府初期の足利家の親類を中心とした喧嘩の話です。著者の解釈の正当性を強調し過ぎなので、『応仁の乱』と比較するとちょっと読みにくい感じです。

美意識を考える

この前、事業のパンフレットのイラストでお世話になったuwabami(ウワバミ)のムトウさんに勧めて頂いた本を読みました。

本と余談

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?という題で、光文社新書から出ています。ちょっと横文字が多くてルー大柴の口述筆記のような部分もありましたが、その点を差し引けば、面白い視点で書かれた本でした。

少し余談を書くと、個人的にはあまり横文字・カタカナ語や業界用語を使わないようにしています。もちろん、「外来種は絶対ダメ!」とか「有機栽培万歳!」というような過剰な信念によるものではなく、伝える手段としての言葉を大事にしたいと考えているためです。

特定の人にだけ伝わればいいという考え方もあると思うのですが、あえて発信するならば、出来るだけ多くの人に伝えたいと考えています。同時に、「難しいことは分かりやすく、分かりやすいことはもっと分かりやすく」伝えたいとも考えています。

専門家の話だから難しい・分からないというのは妙な話で、分かりやすく説明出来ない人は、真の専門家ではないように思えます。結局、分かりやすく説明するというのは、物事をちゃんと理解していて初めて出来ることだと思います。

以前、横文字だらけの助成金の応募要項があり、全てを書き換えて理解し直した経験がありました。あそこまでひどい要綱は滅多にないのですが、日本語なのにあまりにも意味不明だったので、記憶に残っています。

要点

話を戻します。本の要点は「アート」、「サイエンス」、「クラフト」の3つのバランスを取りましょうということでした。「アート」は感性・美意識、「サイエンス」は理論・数値、「クラフト」は現実・検証と置き換えれば良いと思います。

今の日本の組織では理論・数値>感性・美意識になっていて、もっと完成や美意識を大事にしましょうとのことでした。いい視点だなと感じました。もちろん、それぞれのバランスが大事なので、どこかの要素が過剰になれば極端なことになると思います。

元々、研究に従事してきた背景があり、つい理論や数値を優先してしまうのですが‥感性や美意識をもうちょっと意識しようと思いました。ついでに、「偏差値は高いけど美意識が低い人に共通しているのは、学歴の割に文学作品を読んでいない」という指摘が面白いなと思いました。

個人的に‥「まちづくりに関わる人は、食事に対するこだわりの少い人が多い」ような気もするのですが‥気のせいかもしれません。でも、どうせ1度の食事ならば、美味しいものを食べて楽しい会話をしたいと思います。

ひとりに届く企画

昨日(1月25日)は、宮城県の移住・定住関係者が集まる会議に参加してきました。

事業の報告

山元町を取材して発信する事業‥書類上は平成29年度みやぎ移住・定住推進連携事業の一環で、「地域を学び、発信しながら人と人とのつながりを創る交流促進事業」‥といいます。自分で名付けておきながら、実に長い名称です。2017年の5月頃につくった企画なので、タイトルは完全に頭から抜け落ちていました。

要は、町外の方に山元町を取材・写真撮影をしてもらい、その記事をまとめた冊子を作成しようという企画です。前置きが長くなりましたが、今日は事例紹介ということで企画の意図と成果を発表させて頂きました。

空気としては、学会最終日のシンポジウムのような雰囲気でしたが‥久しぶりだったので懐かしく感じました。今回、楽しさをどう伝えたくてスライドを作成したのですが、課題としてそのまま残ったというところです。

誰のために伝えるか?

それでも、スライド一式が出来たおかげで、年度末に集中する報告書の取りまとめが楽になると、嬉しかったりします。元々、100人の参加者が居たとして、その中から1人の賛同者・友達が出来れば十分だと思っていて、毎度毎度、誰か1人のために企画を考えて、話をしている感じです。

突き詰めてしまえば、自分のやりたいことをやっているので、響かなくてもそれはそれと思える状況です。むしろ、不味い飯の方が後々まで後悔する原因になっています。

趣味で陶芸をしているのですが、企画もそれに似ているかもしれません。割るやつも出てくるのですが、たまに当たりが引けるのでそれが楽しくてやっているのかもしれません。

今月はまだまだ発表関係が続くので、スライドを練り上げている最中です。この考えている時間が楽しく、道楽と仕事がほぼ一体化しているような感じがしています。

雑草ナイト終了

雑草をテーマにイベントを開催して、ちゃんと人が来るのか‥という実験的なイベントでしたが、結果を先に書くとちゃんと成立しました!

イベント

しかも、30人を超す方に来て頂きました(余るだろうと持参した名刺がギリギリでした)。会場は清澄白河の仕事バーで、実は、訪れたのはまだ3回目の初心者でした。

それでも、縁があってイベントを開催させて頂きました。しかも、新年第1回目のイベントということで、どうなるかと内心はドキドキでした。今回は、定期的に仕事バーを訪れている方の他に、雑草に興味のある方や植物に興味のある方も多くて、会話も大盛り上がりでした。

出会い

また、仕事バーで出会い、山元町に来て頂いたりデザインの仕事をしてもらっている工藤さんにも会えました。その他に、SVP東京の活動として山元町に関わり続けていた木村さん、11月12日の山元取材ツアー(旅するスクール)に参加して頂いた伏島さん、そして運営で関わってもらっているハナラボの角さん。

さらに、宮城出身者のイベントでお話をさせて頂いた菅原さんとも久々に会うことができました。北海道の黒井さんの後輩にあたる三上さんとも出会えました。

雑草の縁

雑草というテーマでありながら、ちょっと同窓会的というか、これまでに繋がりのある方と色々とお話をすることが出来ました。また、参加者同士のつながりが生まれてくれたら一番いいイベントだったと言えるかもしれません。

それにしても、色々な会話を通して、自分自身も考えるところがあり、改めて雑草を研究してきて良かったなと思います。今回のイベントを機に、また新しい繋がりが生まれたら嬉しいです。

後は、余談として。今回のイベントついでに、日中は熊谷守一展を見てきたのですが、雑草を描いたポストカードが販売しており、イベントとの縁を感じました。その後は、初めて皇居内に入り江戸城の本丸跡や紀州みかん(とても小さい)の実物を見てきました。さすが、皇居の管理はしっかりしていて一面の芝生や樹木はとてもキレイでした。結局、雑草を管理しないと、人間が望む風景はつくれないということかなと思います。

そういう意味で、雑草は人間の都合に左右される植物な訳で、100年後はそういう価値観も変わっているのかもしれません。そんな空想をしてみました。

雑草ナイトを開催します

このようなイベントをやらせてもらえることになりました。「雑草」から何も足さず、何も引かない‥そのまんまのタイトルです。

雑草の存在

雑草は、よく考えてみれば米と同じくらい身近な植物であり、都会育ちでも、田舎暮らしでも誰もが見ているし、知っている存在です。雑草は、同じ「雑」が付く雑貨、雑誌と同じくらい身近な存在です。でも、雑貨好きの女子がいても、雑草好きの女子に出会う機会はほとんど無く、コンビニでは雑誌を置いているのに雑草は置いていません。

結局、雑草のような当たり前の存在は、日常過ぎて意識することさえ無くなるのかもしれません。個人的に、面白いことは、案外身近なところ、しかも足元にあると思っています。長いこと雑草に関わってきたことで、モノを視たり捉える方法が独特になったせいかもしれません。

先日、宮城県庁の方に、雑草でイベントをやると言ったら笑っていました。まあ、それが普通の反応だと思います。でも、雑草のイベントが、県の移住・定住イベントへの参加者よりも多かったらどうなるんだろうかと勝手に想像してみたりもします。

雑草が画一的なイベントに勝てるかどうか‥勝ってどうなる訳でもないのですが‥固い内容を固いままに実行するよりも、バカなことに本気で向き合う方が性に合っています。

雑草と様々な問題

もちろん、雑草は非常に奥深い題材です。例えば、今問題になっているイノシシ対策にも雑草が関わってきます。イノシシを防ぐ柵の周囲の雑草をちゃんと刈り取らないとイノシシは柵の近くまでやってきて、柵を乗り越えてしまいます。道路も鉄道も雑草対策をしないと事故の原因になります。

その他にも、土手に生えた菜の花を管理しないと、根をイノシシが掘起こし、防波堤が穴だらけになり、大雨の際に堤防が決壊する可能性が出てきます。

以前、福島の原発の敷地内で冷却水のホースから水が漏れた原因は、雑草がホースを突き破ったせいでした。‥と、雑草は社会のかなり広範囲に関わっています。

イベント

イベント当日は、そんなに深刻な話にはならないと思いますが、雑草を通して色々なことを考えるきっかけにしてもらえればいいなと思います。ついでに、雑草を介して山元町に遊びに来てもらえればなお嬉しいのですが、果たしてどう繋がるか自分でも想像は出来ていません。

「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉もあるので、「雑草を語れば山元町に人が来る」ということが起きてもいいかもしれません。当日の詳細は以下のページに掲載されています。

http://shigoto100.com/event/20180111

久しぶりの投稿

継続の重要性を認識しつつも、つい自分ごとだと先延ばしになることもあり‥。近況などをしっかりと更新していこうと、今更ですが感じています。当面は個人のフェイスブックページと同じ内容になるかもしれません。

さつまいもの販売開始

東日本大震災で津波の浸水した土地でさつまいもを栽培しています。場所は、出身地の宮城県山元町という仙台から電車で40分の町です。過去の記事にも色々と書きましたが、2014年から栽培を開始して、今年が4回目の栽培です。

 

今年の初めに、たまたまNHKに取り上げられたこともあり、多くの方に食べてもらうことができました。完売御礼となったさつまいもですが、今年収穫したさつまいもが約2か月の熟成を経て甘くなってきました。

山元町に人を呼ぶ仕事

現在、山元町の「人が人を呼び、人を育てるにぎわいまちづくりプロジェクト」の委託や、宮城県地域復興支援課から助成を受けて山元町の関係人口づくりを行っています。関係人口とは、特定の地域に住まなくても関り続ける方を指します。山元町には、震災ボランティアを契機にずっと通っている方が多く存在しています。

そんな事業の一環で、旅するスクール@山元町を11月の25・26日と12月の9・10日に実施しました。その時に参加者の方が撮影した写真がとてもいい捉え方をしていたので、何枚かご紹介します。

今回は取材ツアーということで、首都圏からの参加者が山元町のいちご農園やケーキ店などを取材しました。取材の成果は取りまとめて冊子となります。今後も様々な取り組みを実施予定なので、こちらのブログで随時、紹介していければと考えています。

日々のこと

今は、出身地・宮城県山元町に関わりながら、宇都宮、東京の2.5拠点生活をしています。最近、記事の更新を怠っていたので、久しぶりに更新しました。

ある日の生活

今日は雨が強くなる前に、畑を見ようと散歩してきました。最近の東北地方は既に秋のような天気で雨ばかり降っています。今は、その雨音を聞きながらパソコンの画面に向かい合っています。8月にしては寒く、でも雨音は心地よい感じなので、このまま眠くなりそうな感じです。

雨の日はスズメも休みなので、雑草の生える庭をただ眺めているだけです。晴れていると事務所の庭に鳥がやって来ます。

さて、2014年から地元の農家さんと一緒に栽培していて、今年4年目となるさつまいもは雨に濡れながらも元気に育っていました。たまには夏の陽の光がもっと欲しいところです。

さつまいもの畑

途中、足元ばかり撮影していました。上を見ずに、下ばかり見て歩いています。雨に濡れた雑草はイキイキとしていました。お茶の席でわざわざ活けた花に水をかけるのも分かる気がします。

風情とは?

そういえば、徒然草に『花は盛りに、月は隈無きを見るものかは‥』という一節があり、満開の花や曇りの無い月を見るよりも雨で見えない月を想ったり、すだれの中で春の移ろいを知らないでいることも趣深いと続いていたのですが、今日のように、雨の中にも遠く聞こえるセミの声から夏を思ったりするのも、風情と言えるかもしれません。

今、ミガキハウス(山元町に新しくできた宿泊施設)に研究で山元町を訪れているアメリカの方が滞在中なのですが、先日『渋い』という言葉の意味で盛り上がりました。苦いという意味ではなくて、好みが渋いという方の『渋い』ですが、どう例えれば伝わるのかとあれこれ考えていました。

山元町のミガキハウス

徒然草は、まさに『渋い』好みの総集編のような気がします。同時に、『面白い』という言葉も、笑いの意味ではなくて趣深いという意味があったりして、考えてみると普段何気なく使っている言葉も奥が深かったりします。

今の仕事

話が少し飛躍して、今関わっている山元町のにぎわいプロジェクトの事業もどちらかというと『渋い』領域だと思います。単純に移住・定住者を増やすというよりも、山元町に関わる人(関係人口)を増やすという試みです。

多くの自治体で実施している移住・定住事業がドーナッツであるならば(誰にでも分かりやすいという意味で)、山元町の試みはドーナッツの輪っかのようなものだと思います。無いけどある、あるけど無いという存在です。でも、輪があるからこそドーナッツは成り立つし、輪はドーナッツのためには必要な存在であるという‥書いていても少々ややこしい例えになります。

本来、企画とか事業の類は一言で説明出来るようなものでないといけないという原則もあるのですが‥たまにはこういう日本的というか哲学的で、渋い事業があってもいいのではないかと思います。雨の日は、結局考えることばかりが増える1日となるようです。

2017年のさつまいも栽培

出身地・宮城県山元町でのさつまいも栽培も4年目、4回目の栽培となりました。

今年の畑

今年は、これまでと異なる畑での栽培となりました。と、言うのも1年目に500本の栽培で始まったさつまいも栽培も今年は3500本となったためで、より広い畑に移動した形です。

場所は常磐線の山下駅と坂元駅の中間くらいにあり、特に目印も無い畑です。震災の時には津波が浸水した畑でもあります。もちろん、今は普通の農地として使用することが出来ます。

山元町のさつまいも畑(2017年6月11日撮影)

今年は5月の20日頃から植え付けを開始し、ちょうどよい雨が降ったおかげで、いい感じに活着していました。昨年の同時期は雨がほとんど降らず、植え付けたばかりの苗がしおれて大変だったのですが、天気だけは毎年読めません。

植え付け作業

今年は、縁がありサントリーの方々にさつまいも苗の植え付けを手伝って頂きました。

苗の植え付けの様子(2017年5月26日)

今回は、200本程を用意していたのですが、あっという間に作業が終ってしまいました。農作業に不慣れな方が多いかと勝手に想像した上での本数だったのですが、さすが普段から様々な分野で活躍されている方達だけに植え付けのコツもすぐに理解して頂きました。

この苗が1本あたり約1キロのさつまいもになる訳で、200本で200キロが収穫出来ます。これからは天気に一喜一憂させられることになりますが、秋の収穫が楽しみになってきました。

テレビの取材

昨年(2016年)の12月、たまたまNHKの方が来られさつまいも栽培の話をしたところ、改めて取材を受けて、1月に地元・宮城県のニュースで放送されました。そして、今年の6月19日には同じくNHKの「あの日わたしは」という番組でも再編集されたものが全国向けに放送されました。

その際に、山元町で生産したさつまいもから作った干しいもが出た関係で、色々な方からお問合せを受けました。ありがたいことだったのですが、1月の放送直後に一気に売れてしまい、完売となってしまいました。

今年も12月頃から、また干しいもが出る予定です。さつまいもは収穫直後は甘くなく、収穫から2か月程度は寝かせる必要があります。そのような訳で、おいしいさつまいもを提供するためには、半年の時間を要します。

今年も、山元町に訪れるきっかけとなって欲しいので、山元町の物産の直売所である「夢いちごの郷(さと)」、山元町の食材を使用している洋菓子店の「プチット・ジョア」での提供を考えています。それに加えて、山元町のふるさと納税でも提供できればと考えています。

さつまいも栽培を振り返る

冒頭にも書いた通り、まだ栽培を始めて4年目です。1年に1回の栽培なので、4回しか栽培していないことになります。農業は人間の一生を費やしても50回くらいしか試せないので、永遠に学ぶことの多い分野でもあります。

それでも、継続してやっていると色々なことを学べます。そして、さつまいもを通して多くの方に出会うことが出来ました。栽培に使用している苗はさつまいもの本場、鹿児島県指宿市(いぶすきし)の農家さんが育てたものです。立派なさつまいもを収穫するためには、立派な苗を使用するのが鉄則なので、かなり助けられています。

また、同じようにさつまいもを栽培する方も増えてきました。さつまいもだけに、芋づる式に出会いが増えました。これは想定していなかったことですが、嬉しいものです。後は、また今年も多くの方に美味しいと言ってもらえるように育て、提供することだと思っています。

少し、夢混じりですが、これから10年も経たないうちには山元町で育てたさつまいもが海外でも食べられているような気がします。そんな夢を抱きながら今年のさつまいもの成長を見守りたいと思います。さつまいもの成長については、随時、こちらのブログから発信していく予定です。

書類の作り方

3月の後半から4月前半まで出身地・宮城県山元町に滞在していました。

年度末

この時期はどうしても書類、書類、書類の毎日となります。現在、関わっている山元町のまちづくり団体「山元の未来への種まき会議」は宮城県と宮城県共同募金会から助成を頂いている関係で、その報告書つくりをしていました。

どちらも、無事に終了し後は修正点の指摘などを待つ状況です。どうにか、一段落という感じです。それから、色々と縁があり一緒に活動している一般社団法人ふらっとーほくと山元町の「お試し移住仕組みづくり業務委託」報告書を作成していました。こちらについても、3月末に無事、提出することが出来ました。

机の上もずっと資料やふせんで埋もれていましたが、今はだいぶキレイになりました。

書類の作り方

書店に行けばたくさんの関連書籍があると思うのですが、書類(計画書、報告書、申請書、論文など)が書けるコツはやはり量、離れが必要だと思います。後は模倣だと思います。

今はインターネットを使えば何でも情報を得られる時代なので、試しに計画書とか報告書で検索してみると多くの情報を得ることが出来ます。画像検索もかなり有効で、配色や図表はとても参考になります。

また、論文についてはそれぞれの所属している研究室や、投稿する雑誌に合わせる必要があります。まずは執筆要綱をしっかりと読み体裁を整えることから始めることが大事になってきます。

先に模倣が有効と書きましたが、もちろん単にコピーするなどの盗作はダメです。模倣するのは、書類の体裁、文章の言い回し、接続詞の使い方、項目建てなどの骨格や構成です。普段の生活で全く縁の無い書類を作成することにはならないと思いますが、模倣を上手く使うとそれっぽい書類を作ることができます。

ただ、あくまでもその場しのぎの方法なので、量を書くことと同時に、書類の分野に詳しい人に読んでもらいながら修正するなどの地道な手法が一番の近道となります。

書類の出来るまで

先日、作成した計画書の下書きやメモの一部を捨てずにファイルに残してみたら、結構な厚みになっていました。重さも結構なもので片手で持つのは辛いくらいです。書類には日付も入れておいたので、当時の頭の中身や進捗状況がよく分かります。

あえて残したのは、1つの計画書がどんな過程を経て出来るかということを伝える際に実物を見てもらうのが早いと思ってのことです。これが50ページちょっと、文字数で25000字くらいの冊子になりました。実際の計画書はこの本文に図表と、別途資料が添付されます。ちなみに、こちらの計画書は合作で完成させました。

完成された書類をひたすら読むことも、書類作りが出来るようになる近道だと思いますが、それ以上にどんな経緯で文章が構成されたのか、どんな下書きや構想があったのかということがとても参考になります。

こちらは、インターネットでも中々集めにくい書類だと思うので、直接、下書きの実物を見せてもらうと良いと思います。

まとめ

書類作りに必要なことを整理すると、以下のようになると思います。

・質より量(とにかく自力で書き上げる)

・模倣(インターネットで調べる、画像検索も有効、情報の取捨選択はかなり必要)

・要綱を守る(特に論文や報告書のように文字数や記号表記に決まりがあるもの)

・読む(書くことと同時に、ひたすら読むことで文章の調子が体の中に入ってきます)

書類は、書く人によってクセもあり、同時に明確な答えは無いものです。それでも、伝えたい相手に伝わらないようでは何の意味も無いので、伝わる文章・図表であるということが大前提となります。


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鹿児島に行ってきました

久しぶりの更新となります。本当は週に1度程度、記事を書くつもりで進めていたのですが‥つい日々の仕事に追われて先伸ばしとなっていました。

鹿児島との縁

現在、出身地である宮城県山元町の農家さんと東日本大震災による津波が浸水した畑でさつまいも栽培をしています。そのさつまいもの苗はさつまいもの本場、鹿児島県から取り寄せています。

さつまいもの縁ということで、2014年から年に1度程度ですが鹿児島を訪ねています。例年、旅費の安くなる2月頃に行っていたのですが、今年は3月12日~16日まで行って来ました。

恐らく震災が無ければ鹿児島を訪ねることも、そこで様々な方と出会うこともなかったのかもしれませんが、鹿児島の方々には色々と案内をして頂いたり、お話を聞かせて頂いています。

巡る

今回は、さつまいも栽培でお世話になっている農家さんにお会いするだけでなく、毎年訪れている鹿屋市のふくどめ小牧場を訪ねたりとあっという間でした。

昨年、偶然出会った方に紹介して頂いた方(初対面)に鹿児島を案内して頂いたり、つい最近も山元町で一緒だった橋口さん(愛竹家として竹に関わる調査などをされている方)に鹿児島で会ったりと『人』を意識した濃密な時間でした。

平均的な観光地は大体まわってしまったので、スーパーを覗いて(これが一番面白い)地元の食材や調味料を見たり、路地裏の飲み屋に行ったりしました。おかげで、頭の中身をかなり更新することが出来ました。

観光地だけ巡っていれば毎年行くことも無いのかもしれませんが、人を中心に巡っているとまた会いたい人が増えてきます。たぶん、山元町もそういう土地だと思うので、山元町を訪れる人を案内する機会があれば、どんどん人を紹介していこうと思います。

今回、鹿児島でお世話になった方も夏に山元町に来るかもしれないので、また新たな縁がつながればと思っています。話が変わり、関東・東北ではスーパーに『鳥さし』が無いと分かりつつも寂しいものです‥。次回、鹿児島を訪れた際の楽しみにしておこうと思います。

さつまいもの苗

3月13日には、さつまいも苗を栽培されている農家さんを訪ねてきました。さつまいも苗を育成中の温室を見せて頂きました。

紫色の苗もさつまいもで、安納いもの苗だそうです。初めて見たのでびっくりしたのですが、成長に伴い葉の紫色は薄れるようです。

その他にもパイナップルやパッションフルーツが育っていました。出荷用ではなく、遊びでの栽培のようですが、さすが南国という感じでした。やはり、実際の現場を訪れると色々と面白いものを見ることができます。

あと2か月後には、山元町でもさつまいも苗の植え付けが始まります。2014年から始まり、今年で4回目の栽培です。これまでに、寒さでさつまいもが傷んで泣く泣く処分したりと色々とありましたが、多くの方に食べて頂くことができました。今年もまた多くの方に食べてもらえればと思います。


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山元町のさつまいも、残りわずか

最近は、出身地・宮城県山元町の農家さんと栽培しているさつまいものことばかり書いています。色々な想いが込められているので、1人でも多くの方に伝えたいという考えによるものです。

2016年のさつまいも栽培

昨年(2016年)、勢いというか気分の赴くままに栽培規模を拡大し、推定で2トンくらいを収穫することができました。正直、どう売ろうかと考えていたのですが、2016年の11月頃から試験的に販売した干しいもが好評だったことで売れ始めました。

さらに、ちょうど良いタイミングでNHKの取材があり、2017年1月20日の放送以降は凄い勢いで売れています。このままだと、2月中に完売してしまいそうです。

これまでにもさつまいも栽培について書いてきた(詳細はこちらのリンク先にまとめてあります)ので繰り返しとなる部分は省きますが、栽培の始まりは2014年でした。津波の浸水した畑での栽培がきっかけで、最初はさつまいもがちゃんと育つかどうかも分からない状態でした。その後、2015年、2016年と天候不順があったもののさつまいもはちゃんと収穫することが出来ました。

残りのさつまいもの行き先

さて、そんな山元町で育てたさつまいもですが在庫が少なくなってきたため、山元町の事業者の方に使ってもらうことを優先させて頂きました。最近の流行りで言うと『山元ファースト』ということになるでしょうか。

ただ、トランプ氏のように他の産地のさつまいもが宮城に来ないように壁をつくるようなことはしません。もちろん、実際にはそんなことは出来ないし、する必要もありません。

話がそれましたが、まず、山元町の洋菓子店『プチット・ジョア』さんの完熟べにはるかのミルフィーユ用にさつまいもを確保してありますので、是非、お店を尋ねてみて下さい!先日、ご紹介した方も無事に購入出来ているとよいのですが‥。ありがたいことに、放送から2週間以上が経過した現在でも完売が続いています。

ちなみに、夢いちごの郷という山元町の直売所で干しいもを販売していたのですが、こちらはNHKの放送後から100袋近い予約が入っており、納品されても店頭に並ぶことの無い状態です‥。何と他の生産者の方も干しいもを出していました。ただ、品種も味も別物なので、混同されないかが心配なところです。

それから、毎週火曜日に山下地区の七十七銀行近くで明石焼きを販売されている鳥本さんが冬限定で焼いもを販売することになりました。ありがたいことに、完熟べにはるかをご指名頂いたので、こちらにも提供させて頂きました。ただ、数量限定なのでいつまであるかは分かりません。品切れの際はすいません。

週明けの2月7日(火曜)から販売予定とのことなので、ぜひ食べてみて下さい!干しいもとはまた違った甘味があります。

さつまいもに対する想い

少し余談となりますが、さつまいもは九州も茨城も産地として有名であるし、宮城県内でも山元町内でも色々なさつまいもが販売されています。言ってしまえば、ありふれた食材です。

でも、同じ品種でも栽培する畑や肥料、保存方法によって大きく変わります。そこが農業の面白いところであり、今栽培している山元町の畑では、とても美味しいさつまいもが収穫出来ます。

そうは言っても、過剰なプレミア感や演出で売ろうとは考えていません。ただ、味で選んで頂けるように、そして、多くの方に食べてもらえるようにということで今年は山元町の事業者の方に託した次第です。元々、さつまいもを介して人と人が繋がり、山元町を訪れるきっかけの一つになればという想いがあり、今、それが現実となっています。

完熟べにはるかのミルフィーユを購入するために遠方から山元町を訪れた方の話を聞いたり、地元の年配の方が購入される姿を見た時はとても嬉しかったです。もちろん、単なるブームには終わらせたくないと考えています。

2014年からさつまいも栽培にお付き合い頂いている菅野さんにもよい励みとなっているようで、今年も一緒にさつまいもを育てようと思います。また、3月には鹿児島でお世話になっている農家さんに会いに行く予定です。

山元町でのさつまいもの植え付けは5月中旬の予定ですが、苗の植え付けもイベントのように希望者と一緒に出来ればと考えているところです。あと、収穫はかなりいい運動になります(最初の数本は楽しく、1列を終える頃にはヘロヘロになります)‥。


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2013年~2016年までのさつまいも栽培を振り返る

なぜ出身地の宮城県山元町でさつまいも栽培をしたのかを聞かれる機会が増えたので、書いておこうと思います。これまでに書いてきた記事と重複している部分もありますが、詳細はカテゴリー『宮城県山元町でのさつまいも栽培』を読んで頂ければと思います。

さつまいも栽培の契機

そもそものきっかけは、東日本大震災でした。あの日を境に自身の生き方が変わったとういか、変わらざるを得なくなりました。様々な葛藤を経て、ようやく動き出したのが2012年の後半、実質は2013年からでした。

震災後の宮城県山元町の沿岸部に関しては、まずいちご関係が動き出しました。震災前、山元町の沿岸部ではいちご栽培が盛んであったという経緯があります。2011年以降、もちろんいちご以外にも農地の除塩や、がれき除去、基盤整備も同時に行われてきましたが‥
①農機具が津波で流出、破損
②農地の整備事業が進まない
③家屋が損壊などで農地まで手が回らない
④高齢や身内を亡くした
などの理由で、離農される方も多く、農地が活用されない状況でした。津波による物理面(①~③)と精神面(④)の影響が混在していました。
いちごについてはいちご農家さんがグループを結成して国などの支援を受けて再建したり、町としても山元町=いちごということで積極的に支援を行っていました。一方で、いちご以外の農家さんは兼業が大半であることなどから、自力で農地を元に戻すか、復興事業で農地整備が終わるのを待つという感じでした。そんな中で、何か畑で栽培出来るものが無いかと考え始めたのが2013年でした。
同時に、報道されているより実際の塩害はひどく無いのではないか?という予想もあり、それを自分の手で試してみたかったというのもありました。実際に試さないと分からないことが多々あるという経験は、長年研究に関わっていたせいかもしれません。
いちご以外の作物を選んだ理由については‥
①元いちご農家さんの復旧が優先だったこと
②多額の費用がかかること
③自分自身がいちごの栽培に詳しくなかったこと
④菅野さんがいちご農家ではなかったこと
⑤いちごは支援が手厚く、自分が関わらなくても大丈夫そうだったこと
以上の点からでした。
栽培にあたっては、①栽培が簡単であること、②食べて美味しいことを優先しました。最初の頃は『珍しい』ということも入れていたのですが、紫とうがらしや甘いとうがらしなど珍しいだけでは売れないことから、そこは反省点となりました。
さつまいもにたどり着くまで

(2012年)
宮城県境から福島県境を歩き、沿岸部の雑草を調査。
雑草のヒエが非常に多くなっていることに注目。

繁茂する雑草のヒエ(イヌビエ)

(2013年)
津波の浸水した土地での農作物栽培を考える。昨年の調査の結果から、ヒエを中心とした雑穀が良いと考えて数種類のヒエを取り寄せる。さらに、ヒエにはアレルギーが少なく健康食品としての需要も高いと考えた。

5月に山元町の沿岸部で畑を借りる。時期的にヒエを栽培するのに遅くなったことと、脱穀が難しいことからダイズ栽培に変更。使用するダイズは水はけの悪い土地でも育つ品種を滋賀県から取り寄せる。ダイズは栽培が簡単、過去に山元町での栽培実績があるという理由もあった。

ダイズ畑の様子

途中までは非常に良く成長したものの、成長時期の長雨で不作となり失敗。また、月に1度程度の手抜き管理だったことも良くなかった。具体的には新幹線の始発で宇都宮から仙台に向かい、山元町で畑作業をして最終の電車で帰るという自称『新幹線農業』でした。それでも、塩の影響が無いことを確認することができた。

さつまいも栽培

(2014年)
沿岸部の砂地、貧栄養の土に合い、しかも栽培が簡単な作物をと考えてさつまいもにたどり着く。品種は、近年注目されているべにはるか。この品種を知ったのは、宇都宮の優食キッチンのおかげ。インターネット検索でたどりついた鹿児島の農家さんから苗を取り寄せて栽培開始。他に、安納いもと奈良の紫とうがらし、甘いとうがらし2品種を試験。

紫とうがらし(熟すと赤くなる)

安納いもは条件が合わず失敗。とうがらし栽培は大成功したものの、どう活用するかが上手く見出せずに保留。べにはるかは予想以上に良く成長し、12月の試食でかなり甘みのあることが判明(市販品と同等かそれ以上)。

(2015年)
保管中のさつまいもが寒さで傷みだす。傷んだ部分を削った上でこれまでにお世話になった方々に焼きいもを送付。5月下旬からさつまいも栽培を開始し、1000本を植え無事に収穫をすることが出来て2016年の初頭に無事完売。

(2016年)
さつまいも3000本を栽培し、秋に2トン程度(推定)の収量。山元町の福祉団体・工房地球村にさつまいも畑をつくり一輪車一杯の収穫。同じく山元町のNPO法人里山ひろばにさつまいもの苗を提供。

(2017年)
NHKの取材を受け、2017年1月20日(金曜)18時10分~の宮城県向けニュース『てれまさむね』内で放送される。放送の翌日、山元町の夢いちごの郷で販売中の干しいも、山元町のケーキ店・プチットジョアさんで、さつまいもを使用したミルフィーユが完売。2017年5月より4年目のさつまいも栽培が始まる予定。

まとめ

このような流れで現在に至ります。被災地に何が育つかはどんな農業の権威に聞いても可能性までしか言えないはずです。実際、菜の花や綿、トマトなど多くの栽培が行われました。

失敗にせよ成功にせよ、これらはいつかまた起こる震災後に向けての貴重な資料として残ります。また、本などの知識ではなく、実践して初めて分かることです。時間はかかったものの、実際に栽培をしたことは非常に良い経験になりました。

これまでに多くの方に興味を持って頂き、様々な形で支援や励ましを受けたことは非常に心強かったです。結局は何をするにしても人の繋がりだと思っています。そんなことを心に刻みつつ、今年も挑戦していきます!!


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2017年のさつまいもの動向

現在、出身地・宮城県山元町の農家さんとさつまいも栽培をしています。2014年から始め、今年で4年目となります。そのようなこともあり、最近はさつまいもに興味を抱く日々です。

北海道でのさつまいも栽培

先日、社会勉強‥という名目で都内を散歩して来ました。秋葉原駅近くの日本百貨店という全国各地の商品を取り扱いしているお店を覗いてきたのですが、干しいもの試食会をやっていました。さつまいもの産地は何と北海道で、話には聞いていたのですが、ついに北海道でもさつまいもが作られる世の中になりました。

さつまいもは南方の植物なので寒さは大敵です。そのような訳で、東北で栽培するだけでも大変だと考えられていた時代があり、今もそういう印象を抱いている方が多いようです。それが津軽海峡を越えて北海道での栽培となった訳で、どのような工夫をして栽培しているのか興味深いところです。

普通に考えると、早めに植えようにも寒いし、かと言って遅く植えても収穫時期に寒さにあたるという状況なのですが、ハウスなどを上手く活用しているのかもしれません。

写真は宮城県山元町での栽培の様子

品種は、山元町で栽培しているさつまいもと同じ『べにはるか』でした。この品種は近年まれにみる大ヒットで、いちごなら『とちおとめ』や『あまおう』、ぶどうの『シャインマスカット』のような有名な存在になりつつあります。似たような食感と甘みを持つ品種に『シルクスイート』というものがありますが、こちらは民間会社が育種したものなので苗が少々高めです。そんなこともあり、オススメは『べにはるか』です。

話を少し戻すと、まだ干しいもは試作段階でアンケートを取っている状態でした。甘みは結構あり、これから北海道のさつまいもが本格的に市場に流通するかもしれません。北海道は農業生産額が桁違いに大きいので真正面にぶつかってはとても勝てないので、山元では山元らしい農産物を出していければと思っています。世の中、探せば隙間はいくらでもあります。

埼玉でのさつまいも栽培

それから、1月21日にテレビ東京の『クロスロード』という番組でもさつまいもが取り上げられていました。最近、さつまいもがブームなのか自分の興味がそこに集中しているせいか、いろいろな情報が入ってきます。

坂井孝行さんという方で、証券会社を辞めて埼玉県熊谷市でさつまいもを栽培しつつ、焼きいもや干しいもなどの商品を販売していました。こちらも人気は『べにはるか』でした。『芋屋TATA』という屋号で営業しているようです。

カッコイイ農業を目指しているとのことで、面白い番組でした。もしかしたら、山元町も10年くらい後には沿岸部は全てさつまいも畑になっているかもしれません。実際は、そんなにかからない気もしています。とにかく、夢が見れるというのはとても良いことで、毎日が楽しくなります。


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宮城県でのさつまいも栽培事例

情報はインターネットが発達してもなかなか知りえないもので、宮城県内で5年前からさつまいも栽培をしていた方達がいたようです。2016年1月6日付の河北新報に以下の記事が掲載されていました。

記事の概要

以下に、掲載されていた記事を引用したいと思います。まず、概要は以下の通りです。
徳島県のサツマイモの高級ブランド「鳴門金時」の苗を宮城県内で植えて「仙台金時」として育てようと、東日本大震災で被災した県内農家らが栽培を始めて5年。収穫が軌道に乗り、栽培の呼び掛け人らが今月の毎週土曜日、仙台市中心部で仙台金時の焼き芋を期間限定販売する。まろやかな甘みとしっとりした食感を広くアピールし、販路拡大を目指す。
さつまいもの栽培については、東日本大震災が1つの契機で、塩害に強く簡単に育てられるという理由もあったようです。恐らく津波の浸水した沿岸部での栽培だったとは思うのですが、この記事からそこまでは分かりません。
地図で調べた限りでは、以下の記事に記載がある大崎は内陸の自治体のようです。もしかすると、沿岸部での栽培を見て興味を抱いた農家さんが居たのかもしれません。
収穫量
仙台金時の栽培を呼び掛けたのは徳島県小松島市出身で、青葉区の飲食店で料理人として働く浜松彰宏さん(53)=仙台市太白区=。農業を営む常連客に「小型の耕運機1台で育てられる。塩害にも強い」と提案したのがきっかけだ。2012年5月、浜松さんが徳島県鳴門市の農家から取り寄せた鳴門金時の苗計約600株を、宮城県内の農家6人がそれぞれの畑で試験的に栽培。同年秋に計500キロほどだった収量は年々増え、昨秋は仙台、石巻、大崎の3市の計9人が植えた計4000株から計約2トンを収穫できた。
さつまいもの収穫量は品種や栽培の条件によってさまざまなので一律には言えないのですが、少なくとも1株で800グラム程度は収穫できると思います。2012年が600株で500キロなので、1株だと約830グラム、2016年は4000株で2トン(2000キロ)なので1株だと約500グラムとなります。
実際の収量を正確に把握するということは難しいのですが、もう少し収穫出来てもいいような印象を受けました。とは言え、実際に栽培をしなければ分からないことなので貴重なデータだと思います。
ちなみに、生いも1キロを500円で販売するとすれば、2000キロ×500円で100万円の売り上げとなります。そこから生産原価(苗代、マルチ代、肥料代、人件費など)を差し引いても50万円前後は残るかと思います。さつまいもはどうしても保存場所が必要なので、保存方法の問題が解消されればだいぶ栽培しやすくなると思います。
販路
あとの問題は販路なのですが、記事によれば仙台駅前の商業ビルで販売を行うようです。
これまで産直イベントで販売してきたが、販路拡大が悩みだった。知人の青葉区の広告代理店社長大山裕司さん(45)らが焼き芋にしてJR仙台駅周辺で売ることを発案。駅西口の商業ビル「イービーンズ」を運営するエンドーチェーン(青葉区)が、売り場スペースの提供と芋焼き器の貸し出しを快諾した。
 焼き芋は仙台駅ペデストリアンデッキに直結するイービーンズ2階出入り口で7、14、21、28の各日正午から午後7時まで販売する。1個300円。1日当たりの売り上げ目標は100個で、2月以降は在庫状況をみて検討する。 浜松さんは「素材の良さを伝えるには焼き芋が一番。口コミで評判が広まってほしい」と願う。連絡先は大山さん090(4552)4871。
なると金時について
参考までに色々と調べてみたら、なると金時という表記は品種ではなくて商標のようです。品種は高系14号というそうです(全農徳島県本部のHPには高系14号を系統選抜したと書いてありました)。ほとんどの消費者の方は興味が無い話かもしれませんが、『商標』と『品種』は全く別物です。
 
ちなみに、2014年から山元町で栽培しているさつまいもの品種は『べにはるか』といいます。べにはるかも、『紅天使』や『甘太くん』という商標を取得している団体があります。販売するための手法は色々とあってもよいと思うのですが、品種と商標を混同して販売している事例もあり、ちゃんとした表記は大切だと思います。
べにはるかについて
ついでに、べにはるかについて書くと、近年の育種の中でも大当たりの品種だと思います。数年前、初めて食べた時はとろけるような触感と強烈な甘さに驚きました。じっくりと加熱して、1日から2日寝かすと更に甘みが増します。皮から独特の香ばしい甘い蜜がしみ出してきます。
 べにはるか
安納いもが蜜いもと呼ばれて大人気になったことがありましたが、安納いもよりもべにはるかの方がクセが無いという方もいます。安納いもは、若干ニンジンのような風味があります。この辺は好みかもしれません。
 
さつまいもの好みというと、『ほくほく派』と『しっとり派』に分かれるようです。関東の代表的な品種のべにあずまは前者のほくほく派です。一方で、べにはるかは後者のしっとり派です。これも、完全に好みの世界なので何とも言えませんがべにはるかはこれまでのさつまいものイメージを大きく覆した品種とは言えそうです。さつまいもそのものがお菓子のような存在になっています。
さいごに
話がだいぶ長くなりましたが、農作物の良いところは食べれば分かるということだと思います。どんなに宣伝してイメージをよくしても、味だけはごまかせません。仮に食味が90点と93点であれば、個人の好みの差程度かもしれませんが、90点と50点では隠しようの無い差となります。
宮城県山元町で育てたべにはるか(2016年)
それだけに、毎年が試行錯誤の連続で、そこが農業の面白いところだと思います。昨年、出身地・宮城県山元町で育ったさつまいもも貯蔵庫で美味しく熟成しています。


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謎だけど楽しい生き方

最近、いろいろと縁があり取材を受ける機会が続きました。その際、何者であるかということを一言で表せずにどう伝えればよいかと考える機会となりました。

今の生活

現在、出身地である宮城県山元町ともう一つの居住地である栃木県宇都宮市を行ったり来たりしています。元々、滞在期間は半々の予定だったのですが、最近は仕事の関係で山元町で過ごす割合が増加しています。

では、何をしているのかということなのですが、山元町では『山元の未来への種まき会議』という震災後の2013年7月から始まったまちづくり団体の事務局をしています。こちらの事業は宮城県から助成を受けており、この助成金から給与を頂いています。

一方で、長く農学部に居た経験を活かし、農家さんの相談ごとを受け付けるコンサルタントのような仕事もしています。ただ、こちらは今のところ現金として得られる収入はわずかです。その分、米や野菜などの現物を頂いています。

給与から現金を得つつ、一方で現物を得ながらの生活となっています。米や野菜も結局は現金で購入することになるので、結果的には現金でもらっていることに近いかもしれません。

現金と現物

以前も、現金と現物について書いたことがあります。重複するかもしれませんが、全て現金という形でもらわなくても生きるということを最優先に考えれば現物も非常に助かります。

ただ、現物の場合は日持ちがしない(特に野菜)などの欠点もあります。それでも、さらに知人に分ける(再分配)ことで、お金とはまた違った活用方法があります。今は、比較的現金と現物のバランスは比較的取れている方だと思いますが、もう少し現金の割合を増やせればと考えています。もちろん、何事もバランスだと思います。

一方で、今の時代に現金収入は必ず必要なものです。よく自給自足の生活と言いますが、よっぽどの覚悟が無い限り現金無しの自活生活というのは困難であると思います。さらに、現金があることで自由に使える時間も生まれてきます。

例えば、交通機関です。節約をしようと思えば青春18きっぷを活用して移動すれば格安ですがその分時間はかかります。一方で、新幹線は快適で素早い移動が可能ですが、お金が必要となります。時間は誰でも平等なので、時間を節約するという際には現金の力が生きてきます。

複業

世間一般的な職業といえば、公務員、会社員など一言で説明の出来る職業に就いている方が圧倒的に多いと思います。少なくてもこれまでの時代はこちらが主流でした。しかし、これから先も同じような環境が続くかは疑問です。

先ほど、地域団体の事務局と農業についてのコンサルタントをしていると書きましたが、それ以外にも細々とした仕事があり、その都度対応しています。複数の仕事という意味で『複業』という表現が妥当かと思います。

そのため、外からは何をしている人か分からないということになるようです。自分で振り返ってみても面白いと思うのですが、頭脳作業を中心とした便利屋みたいなことをしています。大学で雑草を15年ほど研究していた経緯もあり、雑草のことを聞かれればそれについて答え、文章のまとめかたやパソコンの使い方を問われればそれについて答えるという感じです。

これから

今は自分の生活を維持することでギリギリの状態ではあるのですが、今後、色々な才能を持った方々と一緒に面白いことを作り上げていければと考えています。具体的には、地方と都会を行ったり来たりしながらそれぞれが必要としている仕事をこなしていければと思っています。

会社という形態が一番ふさわしいかどうかはまだ思考中なのですが、これだけインターネットや交通網の環境が整っている時代なので、場所に囚われず、組織にも縛られずにそれぞれの才能を生かせる場の提供、仕組みをつくれないかと考えています。

とにかく、面白いということは一番大切な要素だと思います。様々な事例を調べていると、創成期は開拓者精神で進めて日々が楽しいことにあふれているのですが、徐々に組織や世間という壁などにぶつかりだし、挫折したりする傾向が多いようです。

組織論や会社論の本は今でもたくさん出版されているくらいなので、その問題は永遠の課題かもしれません。一つ、自分自身が経験して思ったことは、まず個人がしっかりと得意分野を持ち、積極的に楽しみながら動くことが第一歩だと思います。その中で出会った人と組んで仕事を成し遂げていくというのが一つの理想かもしれません。

そこから組織や会社に発展するのだと思いますが、面白さを維持するためには、常に新しい分野に挑戦するしかないかもしれません。組織論については、まだ自分の中でも明確な答えは見つかっていないので、それはいずれ改めて書きたいと思います。


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