月別アーカイブ: 2016年5月

雑草の話12(ナガミヒナゲシのこと)

インターネットはクイズの答えや、大まかな情報を調べるには大変便利なのですが、時折怪しい情報がさも真実のように拡散されていて非常に危うい感じを抱きます。今回は、ナガミヒナゲシという雑草について書かれていた記事を考えてみようと思います。

Facebookの記事から

たまたま見ていたら、下のような写真が掲載されていました。

ナガミヒナゲシそもそも、ナガミヒナゲシが危険外来植物という定義は何の根拠も無い話で、こういうのがネットの怖いところだと思います。確かに、最近よく目にする雑草ですが、人間は慣れてしまえばその景色をそのまま受け入れてしまうように出来ています。例えば、一時目の敵にされていたセイタカアワダチソウなど。

記事の内容を読んでみる

アレロパシー(植物から放出される物質の総称)の話についても、実験室レベルでいくら他の植物の成長を阻害する物質が多いとしても、実際の自然レベルでも影響を及ぼすかと言われれば否ということになります。実際、ナガミヒナゲシの周囲にも多くの雑草が普通に成長しています。

ナガミヒナゲシ(山元町)仮にナガミヒナゲシがアレロパシーを放出し、周囲の植物を駆逐するのであれば日本中、ナガミヒナゲシに覆われてしまうことになります。1種類の植物が自然条件下で覆い尽くすという現象はあり得ません。例えば、ゴルフ場の芝生は人間が管理することによって芝生の景色を維持しています。

それから、植物は多かれ少なかれ様々な阻害物質を出したり中に持っていたりするのですが、土壌に吸着されたり、雨に流されたりします。そんな植物があった ら、他の雑草もどんどん消えていき除草剤も1種類だけが対象となるから開発も楽になる訳ですが‥現実はどうでしょうか?ホームセンターの棚を見れば様々な除草剤が置いてあります。

外来と在来

これだけ人とモノの往来が激しい時代に外来とか在来という線引きは益々難しくなっていくと思います。雑草に国境がある訳じゃないし、野菜だって海外から持ち込んでいるものがほとんどです。純日本産の野菜はわさびとわずか数種くらいしか無いという話もあります。

ナガミヒナゲシの花様々な分類はあると思いますが、明治時代を境に「在来種」と「外来種」に分けられているようです。明治時代といっても今から100年くらい前ですから、人間にとっては非常に長い時間であっても地球のレベルから考えればほんの一瞬です。

そのような定義で分けられている植物に一喜一憂するのはどうかなと思います。結局は人間の生活・移動に伴った結果なので何も雑草が好んで拡大している訳ではありません。

自然と雑草

また、アレロパシーの話に戻ると、検定方法として雑草を寒天に植えてそこにレタスの種をまき、レタスの根の長さを調査するというものがあります。レタスの 根の成長を著しく阻害すれば、雑草に阻害物質が多く含まれているという発想です。

確かに、目で見れば分かるし室内で行う実験としては良く出来ているのですが、それがそのまま自然に当てはまりません。自然はそこまで単純化出来ないし、単純化できないから上手く回っているとも言えます。

1+1が必ず2になる自然だったら、とっくの昔に環境はもっとぐちゃぐちゃになっていたと思います。大きな震災や公害にもどうにか耐えてこれたのは複雑な部分や、多様性があればこそだと思います。

1本の草を目の敵にして取り除いたところで、大河に醤油を一滴たらした程度の影響も無いと思いま す。もしくは、水素水と呼ばれるただの水にご加護を求めるようなむなしいものかもしれません。

信じる者は救われれば良いのですが、騙されては元も子も無い 訳です。ネットの怖さを感じたので改めて書いてみました。


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農産物の6次化の裏側

最近は、農業も単に生産するだけでは難しい時代になっています。よく、農業の6次化ということばを聞くようになりました。今回は、農業の6次化について考えてみたいと思います。なお、大まかな話は以前の記事に書いてあります。

商品が出来るまで

最近では、道の駅に行けば必ずといって良いほど野菜の直売所と地元の特産品を見かけるようになりました。その中から実際に手に取り、購入に至るのは多くても数点となっていまいます。中には、非常に工夫されている商品もあれば、もったいないと思うこともあります。

もったいないとは、中身が良さそうなのに情報が不足していたり、展示が雑だったりするという意味です。以前、塩だけで漬けた白菜が欲しくて購入したのですが、食べてみたら調味液が入っていました。ラベルの表記が微妙だったので悩んだのですが、結果的に求めていないものを買ってしまいました。

そんな商品ですが、いざ自分が商品作りに関わるとあれこれと考えることになります。恐らく、大半の商品についてもそれなりに考え抜いた結果が出ているのだと思います。

売り先の確保

これは、農業に限った話ではありませんが、売り先の確保が一番のカギになると思います。安定した売り先があれば、安心して生産・加工品が作れます。

もちろん、安定といっても特定の業者に依存し過ぎると一方的に仕入れ価格やを下げられたり、販売手数料を上げられる可能性もあります。また、特定の会社の契約農場もそういう恐れがあります。

ともにはまみちこれらは極端な事例ですが、やはり売り先がある安心感は非常に大きいものがあります。先日、色々な縁が繋がり、出身地である宮城県山元町でお世話になっている菅野京子さんの万能だれや南蛮みそを亘理町の生協近くにある『ともにはま道』さんで取り扱って頂くことになりました。

商品の歴史

元々、万能だれは山元町で10年以上販売されていた商品でした。その後、東日本大震災があり、タレの素材を生産していた野菜畑に津波が浸水し、畑のがれき拾いから始めることになりました。

京工房宣伝(亘理用)はがき2その後、万能だれの瓶のラベルを変更する際にお手伝いすることになりました。ラベルのデザインは東北生活文化大学の学生のみなさんに作って頂きました。大学との繋がりは中学の時の同級生がつくってくれました。

京工房宣伝(亘理用)はがきまた、『ともにはま道』さんとのご縁も人との繋がりからで、振り返ってみると色々な方が関わっています。消費者としてお店に行くと、つい棚に並んでいる商品そのもののことばかり気になるのですが、それぞれの商品も恐らく色々な方が関わっているのだと思います。

商品と縁

先ほどまで宣伝用のチラシを作っていたのですが、ここ数年の出来事を振り返りながら製作していました。今は専門的なソフトが無くてもある程度のものは作ることができます。もちろん、色やデザインは様々な手段があると思うのですが、商品のことを伝える言葉は商品と深く関わるによって、初めて生れてくるような気がします。

京工房宣伝(亘理用)A4今回、世の中の物事には多くの縁が重なっていることに、つい忘れがちになるので、たまに振り返ることも大事なことだと改めて思った次第です。


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食べられなくなる農作物

1年が長いか短いかはともかく、1年経つと世の中がだいぶ変わっている気がします。単に気が付かないだけで、今まであったものがどんどん無くなっていて、今まで無かったものが新しく生れているようです。

農産物も一期一会

いつも、お昼を食べている宇都宮市の優食キッチン(出身地である宮城県山元町でお世話になっている菅野京子さんの万能だれをメニューに使ってもらっています)では、毎年この季節になると『大塚さんのトマト』が並んでいました。

箱入りのトマト

お店の店長がトマトの味に惚れ込み、ほとんどは市場で仕入れているのですが、こちらのトマトだけはわざわざ畑まで行って仕入れに行っていたトマトでした。

そんなトマトでしたが、時の流れには逆らえずもう店頭に並ぶことはありません。1人でトマトを作っていた大塚さんが亡くなったそうで、後を継ぐ人は誰もいないためです。品種はもしかしたら、全国で作られている桃太郎だったのかもしれませんが、大塚さんの畑で大塚さんが作ったトマトは無くなってしまいました。

戻らない農作物の味

虎は死んでも皮が残るかもしれませんが、農作物は無くなれば終わりです。味の記憶が食べた人に残るくらいかもしれません。同じ品種でも、作る人によって農作物の味は変わってきます。

寂しいことではありますが、これも1年で起きる様々な出来事の中の1つなのかもしれません。現在も、農家さんの高齢化は進んでおり、全国ではこのトマトの例以外にも多くの農作物が惜しまれながらも消えている状況だと思います。

もちろん、時代とともに消える・無くなることもあるからこそ新しい物事が生れるということがあります。それでも、美味しいと食べ続けていた農作物がある日、食卓から無くなるのは寂しいものです。

消費者に出来ること

一方で、消費者にも何か出来ることはあるのではないか?と考えてみることも大事だと思います。今は資本主義の時代なので何をするにしてもお金を介在します。

簡単に考えれば、儲かる仕事は残り(誰かが引き継ぐ)、儲からない仕事はどんどん消えていきます。中にはお金じゃないという考えで仕事をする人もいると思いますが、やはりお金がある程度残らないと事業の継続は難しいと思います。これは工業などに限らず、農業でも同様だと思います。

そんな時、我々消費者は農産物が無くなることに対してどこまでその農産物を買い支えていたかを改めて考える必要があると思います。都合のよい時だけ利用していなかったか?‥という問いは必要ではないでしょうか。

買い支える

話が、農作物から離れますが、今、週1程度で通っているお寿司屋さんがあります。2014年の7月に開店したので、あと数カ月で2周年となります。

こはだ

こちらのお店は、地域の平均レベルを飛びぬけていて、しかも値段は週1でも通えるようになっています。と、言うことはお店の方がそれだけリスクを負っている(原価などで)ということです。しかも、カウンターの7席だけの営業です。

よく、『良い商品を出していれば認められる』という言葉を聞きます。確かに、正論ではあるのですがお店の側の忍耐と、それを理解できる顧客がどれだけその商品を利用するかということに尽きると思います。たまに利用し、無くなった時にもったいなかったと言っても遅い場合が多々あります。

普段の生活の中で

話がトマトからそれましたが、生活の中に自分の好きなものを上手く取りこんでいくことで、作り手を支えることが出来ると思います。そういう意識を持つだけでも意味のあることだと思います。

個人で出来ることは限られているように思いがちですが、意識して行動してみると案外、出来るものだと思います。要は行動に移せるかどうかが大事なのではないでしょうか。もう店頭に並ぶことの無いトマトを思いながらそんなことを考えました。


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