月別アーカイブ: 2015年12月

宮城県山元町に行ってきました(12月25日から29日まで)

最近は月に1度程度は出身地・宮城県山元町に通っています。今回は、イベントのお手伝い、山元町の農家さんに栽培をお願いしたさつまいもの販売、事務関係の打ち合わせをしてきました。

イベントの開催

12月27日、山元町の真庭(まにわ)という地区で山元はじまるしぇというイベントが開催されました。このイベントは第1回目の開催ながら、約40の店舗が集まりました。大きなかるた取りなどもありました。

かるた

数日前までは雪の予報でしたが、晴れとなり、約1500人の来場がありました。当日は、真庭地区の野菜やりんごの販売をお手伝いしました。

太田りんご園の木(拡大)

当初、地元のお客さんが多くて中々売れませんでした。地元では、りんごや野菜はもらうものという意識が強いためです。また、りんごは生産者を選んで食べている場合が多いため、誰が作ったりんごかを聞かれたりもしました。 それでも、最終的には担当した野菜とりんごを全て販売することが出来ました。

さつまいも販売

山元町で農家さんとともにさつまいも栽培をして2年が経ちました。今年は天候不順で収量も低下しましたが、甘いさつまいもが収穫できました。

箱入りさつまいも

さつまいも栽培の経緯については、これまでも書いてきました。やはり、山元町にとって農業がもっとも相応しい産業であると考えています。

地方の強みの1つは、未利用の農地が余っているということだと思います。また、外部から何かを持ってくる前に、現在あるものを最大限に活用することが大切だと思います。

さつまいも畑

そのような経緯で始まったさつまいも栽培でしたが、今年は完売となりました。ころまでは小規模での栽培でしたが、2016年は規模を拡大したいと考えています。

出会い

山元町に滞在中、たまたま参加したイベントがありました。古くなった民家を改装して宿泊や集会の出来る場を作ろうという試みでした。

都内や仙台から来ている人の他に地元の人も参加していました。都内から来た人は日帰りとのことでした。参加者の中には、知っている方も居ました。こうした活動が地元ではあまり知られていないのは少し残念ですが、震災から5年近く経過しても多くの方が活動をしています。

食事

今回も、山元町のりんごやほっき飯、ゆず砂糖(すりおろしたゆずの皮を砂糖と混ぜたもの)などを食べることができました。当たり前に手に入るものが普通に美味しいというのも地方の特権だと思います。

ほっき飯        干しりんご

(山元町のいちご、りんご、ほっき飯、干しりんご)

まとめ

宮城県山元町は震災後、県内の他地域と比べるとあまり知られていない町でした。現在はその遅れを取り戻すかのように少しずつ新しい動きが伝わるようになってきました。

そういうこともあり、2016年は今後の山元町の行方を決める重要な分岐点になると考えています。こちらも、農業分野を中心に色々なお手伝いをしていきたいと思っています。


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宮城県山元町に行ってきました(11月27日から)

先月の27日から10日ほど出身地・宮城県山元町に行ってきました。山元町は福島県との県境にあり、仙台からは電車で50分程度で行けるのですが、現在は震災の影響で鉄道を再建中のため代行バスが走っています。

また、同じ沿岸部に位置する石巻や女川、気仙沼などと比べると知名度がやや低い町でもあります。この件については、いつか書いてみたいと思いますが震災直後の報道量の差がそのまま知名度の差となっているように思います。

さて、そんな山元町での出来事を写真を中心に紹介したいと思います。

拠点に滞在

以前の記事にも書きましたが、今回も山元町の拠点‥キラリ山元交流拠点「なわっしょ」(山元町高瀬字合戦原113-37)に滞在していました。運営は任意団体である山元町の種まき会議です。

現在は宮城県の助成を受けて運営されています。会議や集会用に公民館などの施設はありますが、宿泊ができる上に遅くまで利用できるというのが最大のポイントです。

遅くまで利用できるために、仕事が終わった人達が集まりに活用しています。その集まりからは、新たなイベントが生まれたりとこれまでに無い動きが出ています。

食事

拠点に滞在時、困ったのは食事でした。元々、山元町には飲食店が少ないという特徴があり、外食はどの地域でも似たようなもので、食事のバランスをとるのが非常に困難です。

あるお店の弁当が美味しいと思っていても、さすがに2日、3日と続けば辛くなってきます。後から聞いた話では、業務用の食品をかなり活用しているようです。下手に調理するよりも、加熱するだけで出せる業務用の方が美味いというのも何だか複雑な気分ではあります。

お世話になっている農家さんに相談したら、毎朝、畑に向かう前に食事を届けてもらえることになりました。

菅野さんの差し入れ       勝太さんの差し入れ

普段から食べている家庭料理が一番ありがたいということをしみじみと思いました。

ケーキと焚火

山元町には観光地らしい場所はありません。そのせいか、観光協会もありません。それでも、色々と回ってみると面白い発見ばかりです。

焚火   カシスケーキ

木工工房の「無房」の新沼さんを訪ねた際には、焚火にあたりながらの会話となりました。最近では直の火を見るというのも稀になってきましたが、ゆらぐ炎見ているとひき込まれてしまいます。

最近では、洒落たケーキ屋さんも出来たりして、ケーキを丸かじりしながら暮れゆく空を眺めていました。このような楽しみ方は観光ガイドには載らないかもしれませんが、自由に過ごすというのも良いものだと思います。

山元町の風景・断片

その他にも‥市場に流通せずに消費されている山元町のりんご。

太田りんご園の木  太田りんご園の木(拡大)

今ではあまり利用されないものの、アートのように実る柿。

山元町の柿    山元町の柿(拡大)

今も残る旧分校の建物。

真庭分校の廊下  真庭分校の部屋

山元町ではあまりにも普通の景色であるため、改めて写真を撮影するようなものでは無いと思われています。しかし、今回、あちこち回ってみて普通と思っていた景色がかなり面白い資源であるように思えました。

このためにも、外からの視点をより大切にしていく必要があると思います。山元町に限った話では無いのですが、地方には何も無い訳ではなく、単に何かを見い出せていないというのが事実だと思います。

そう思って歩くだけでも、だいぶ見え方が違ってくると思います。そんなことを考えながら山元町を巡っていました。


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デザインの効果

デザインは全くの専門外なのですが、元々興味があるのと、たまたま関わることもあり普段から商品などのデザインが気になっていました。

そのような訳で、本職の人とは見方が違うかもしれませんがデザインの効果について書いてみたいと思います。

デザインとは何か?

どうしても定義というか、概念から考えたくなるのですが、いざデザインとは何か?と問われると少し戸惑ってしまうというのが実情です。

個人的にはデザインとは、「何かを伝える一手段」であると考えています。商品であれば味や作り手や素材のことを伝える手段がデザインだと思います。

もちろん、専門的にはもっと深い意味や定義があるのかもしれませんが、デザインを普段の生活をより良くするモノと捉えても良いかもしれません。

デザイン疲れ

そんなデザインですが、意識して周囲を見ていると非常に多くの文字や色、形として身の回りに存在しています。無意識に色や形で特定の商品を連想する場合もあります。

例えば、赤と黄色を使うと非常に目立つのでチェーンの飲食店などでよく使われていたりします。また、青色と表現しても空の色であったり海の色であったり様々な色が使われています。

デザインの仕上がる工程を覗いたことは無いのですが、恐らく色や文字の細部まで詳細に詰めているはずです。そんなこだわりもほどほどならば心地よいのですが‥

東京駅などに並ぶ商品を見ているとデザインが凝り過ぎて逆に疲れてしまいます。もちろん、1つ1つは非常にこだわっているのですが、同じ空間に並ぶと互いに足をひっぱっているようにも思えます。

適度なデザイン

これは個人的な印象なので、多くの人はそれぞれのデザインに魅かれて商品を手に取っているのかもしれません。それでも、もっと要素を削った方がかえって目立つのでは無いかと思うことがあります。

素人ながらも多少、デザインをかじると、何となくグループ訳が出来るようになります。色や形、言葉など何となく同じ匂いがして、デザインが同一の人なのかと思う時があります。

同時に、どちらが最初に考えたのかまでは分からないのですが、多少コピーしたのではと思わせるデザインもあります。コピーが行き過ぎれば一時話題となった東京五輪のロゴのようになるのかもしれません。

陶器の場合

趣味で陶芸教室に通ったり、陶器市にも良く行くのですが、陶器の場合は結構明確にデザインのグループ分けができます。オリジナルの人が有名であればある程、すぐにデザインの元祖が分かってしまいます。

ただ、陶芸の場合はあえて古作を写す場合もあって、例えば唐津焼などは数百年前の器がお手本とされていて、今も多くの陶芸家が古作から学んでいたりもします。

一方で、オリジナルを考えた人々はやはり凄いという思いがあります。陶芸に限った話ではありませんが、多くの人に影響を与えられるデザインは中々作れるものではありません。

実体験から

デザインはどうしても過去の事例や、優れたオリジナルからは逃れにくい存在と割り切ると多少デザインをかじった人間でもデザインらしいことは出来るようになります。デザインはスポーツと異なり感性に訴える部分が大きいので、数値化が難しいという点が大きいと思います。

さて、そんなデザインに関わったことがあります。それほど難しいことでは無くて、焼酎のラベルをデザインしました。

山元鳥の焼酎ただオリジナルのキャラクターである山元鳥(やまもとちょう)だけを配置したラベルです。文字も説明書きも一切入っていません(酒造法の関係で裏面に原材料などを表記したラベルがあります)。

これを見ただけでは中身が日本酒なのかジュースなのかも分かりません。裏のラベルを見ることで芋焼酎であることは伝わるのですが、それ以外は何も伝わらない状況です。

あえて削る

デザインの本職の人に見せれば、情報がちゃんと伝わらないのでデザインとしては失格と言われるかもしれませんが、人の興味を引き付ける効果はあります。

こちらの焼酎はお世話になっている寿司店の好意で棚に置いてもらっているのですが、ラベルについて聞いてくるお客さんが居るそうです。

すし久の棚前向きに捉え過ぎかもしれませんが、会話の生まれるデザインとも言えるかもしれません。もちろん、お店の方には事前にこちらの焼酎の製造元などの情報は伝えてあるので、お店の方の説明があって初めてデザインとして成り立っているとも言えます。

焼酎にしろ日本酒にしろ銘柄があって当たり前なのですが、あえて無いというのも面白いと思っての実験でした。ただ、名称が無いというのは注文の際にどう伝えて良いか分からないなどそれなりに不便な面もあります。

先ほども書いたように、凝り過ぎず、削り過ぎない適度なデザインが一番良いのかもしれません。

まとめ

心地よいデザインは色々な人に情報が波及していくと思います。よくデザインを芸術と捉えて、変更などを拒否する事例もあるようですが、そこまで固く考えてしまうのはどうかなと思います。

デザインは、生活をより楽しくする一つの手段という位置付けの方が長く多くの人に親しまれるような気がしています。それと、作り手だけでなく受けてにとっても面白いと思える要素が大事なことなのではないでしょうか。


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