「出身地・宮城県山元町のこと」カテゴリーアーカイブ

体験を売る農家のプロデューサー求む!

現在、宮城県山元町で大学生のインターン受け入れを行っています。2019年8月~1か月滞在型として募集中です。交通費は全額支給、滞在費(食費は除く)も無料です。

受け入れ先

畑楽(はたらく)代表の内藤靖人さんは震災ボランティアを経て埼玉から宮城県山元町に移住し、沿岸部で農業をしています。

今年からスタッフ2名を加え、法人化、耕地面積が5.8ヘクタール(東京ドームの1.2倍)と規模を拡大中です。

テーマ

今回は、『体験を売る農園プロデューサー』の募集です。内藤さんと相談しながら体験農業を企画し、実際に開催してもらいます。

農業の魅力、大変さを知ってもらいながら、畑楽のファンを増やすとともに、山元町を訪れてもらうきっかけづくりです。最終的に、内藤さんと一緒に畑楽で働いてもらう仲間探しにつながればという意図もあります。

農業経験は不問です。農業‥特に土を相手にした農業に触れたい方、企画づくりから実施の全てに関わりたい方、これまでの学びを現場に還元したい方などなど、気軽にお問合せ下さい!

<余談ですが‥>
このプロジェクトの最初の設計・営業は、2018年に山元インターン1期(0期?)として活動した東北大学・町田君でした。

待てば海路の日和ありということで、1年越しでかたちとなりました!また、記事の写真は旅するカメラマンとして山元町を定期的に訪れている栗原大輔さん撮影です。

詳細は以下のサイトから!

https://www.project-index.jp/intern/18402

日々のこと

今は、出身地・宮城県山元町に関わりながら、宇都宮、東京の2.5拠点生活をしています。最近、記事の更新を怠っていたので、久しぶりに更新しました。

ある日の生活

今日は雨が強くなる前に、畑を見ようと散歩してきました。最近の東北地方は既に秋のような天気で雨ばかり降っています。今は、その雨音を聞きながらパソコンの画面に向かい合っています。8月にしては寒く、でも雨音は心地よい感じなので、このまま眠くなりそうな感じです。

雨の日はスズメも休みなので、雑草の生える庭をただ眺めているだけです。晴れていると事務所の庭に鳥がやって来ます。

さて、2014年から地元の農家さんと一緒に栽培していて、今年4年目となるさつまいもは雨に濡れながらも元気に育っていました。たまには夏の陽の光がもっと欲しいところです。

さつまいもの畑

途中、足元ばかり撮影していました。上を見ずに、下ばかり見て歩いています。雨に濡れた雑草はイキイキとしていました。お茶の席でわざわざ活けた花に水をかけるのも分かる気がします。

風情とは?

そういえば、徒然草に『花は盛りに、月は隈無きを見るものかは‥』という一節があり、満開の花や曇りの無い月を見るよりも雨で見えない月を想ったり、すだれの中で春の移ろいを知らないでいることも趣深いと続いていたのですが、今日のように、雨の中にも遠く聞こえるセミの声から夏を思ったりするのも、風情と言えるかもしれません。

今、ミガキハウス(山元町に新しくできた宿泊施設)に研究で山元町を訪れているアメリカの方が滞在中なのですが、先日『渋い』という言葉の意味で盛り上がりました。苦いという意味ではなくて、好みが渋いという方の『渋い』ですが、どう例えれば伝わるのかとあれこれ考えていました。

山元町のミガキハウス

徒然草は、まさに『渋い』好みの総集編のような気がします。同時に、『面白い』という言葉も、笑いの意味ではなくて趣深いという意味があったりして、考えてみると普段何気なく使っている言葉も奥が深かったりします。

今の仕事

話が少し飛躍して、今関わっている山元町のにぎわいプロジェクトの事業もどちらかというと『渋い』領域だと思います。単純に移住・定住者を増やすというよりも、山元町に関わる人(関係人口)を増やすという試みです。

多くの自治体で実施している移住・定住事業がドーナッツであるならば(誰にでも分かりやすいという意味で)、山元町の試みはドーナッツの輪っかのようなものだと思います。無いけどある、あるけど無いという存在です。でも、輪があるからこそドーナッツは成り立つし、輪はドーナッツのためには必要な存在であるという‥書いていても少々ややこしい例えになります。

本来、企画とか事業の類は一言で説明出来るようなものでないといけないという原則もあるのですが‥たまにはこういう日本的というか哲学的で、渋い事業があってもいいのではないかと思います。雨の日は、結局考えることばかりが増える1日となるようです。

宮城県山元町のりんご

出身地、宮城県山元町は知名度はあまり高くありませんが山手の方でりんごが生産されています。りんご=青森というイメージが強い中で、山元町のりんごはどのような存在かを紹介したいと思います。

2016年11月25日

自身のフェイスブック記事からの引用です。

ヤマモトノリンゴ‥身びいきかもしれませんが、やはり美味しいです。りんご園を尋ねたら、今日から『ふじ』の収穫が始まったということで早速自家用のりんごを購入してきました。採りたてのりんごでした。恒例のおまけもしてもらい、15個くらい(食べてしまったので正確には不明)で1000円!

今年は、りんごの出来が例年より劣り、10月に食べた品種は甘みが少ない感じがしていたのですが、さすがりんごの真打登場という感じで、『ふじ』は美味しかったです。

山元町のりんごは市場に出ない・出さなくても軒先で売れてしまうりんごなので山元町を訪れるか、ふるさと納税で入手するか、誰かに頼むかの3択となります。贈答用から売れるという人気ぶりで、早めに注文しないと無くなってしまいます。

記事に書いたように、山元町のりんごは直接訪れて購入するのが基本(連絡先)です。特にこの時期は、『ふじ』の収穫が始まるのでりんご農家さんも多忙となり、電話での対応が難しい場合もあります。

ふじ断面ちなみに、収穫時期を遅くして寒さに触れさせることでりんごの甘みは増加します。また、ふじは甘みとともに適度な酸味があるので、単に甘いだけのりんごと異なり飽きることがありません。それだけに、この時期を待ってりんごを買いに来る方も多いようです。

予約されるりんご

11月30日、お世話になっている方に山元町のりんごを送ろうと、またりんご園に行ってきました。予想通り贈答用りんごにはたくさんの予約が入っていたのですが、農園の方を拝み倒して特別にりんごを確保しました。

今年は天候の影響などもあって昨年よりも収穫量が少ないそうです。こちらのお願いしている様子を見ていたせいか、先に来ていたお客さんも知り合いにりんごを送りたいという話になり、そちらの方も滑り込みで大丈夫となりました。

りんごの木お話を聞くと、仙台市の横の名取市からわざわざ来られていました。3年くらい前に山元のりんごを食べて以来通っており、ふじの収穫がそろそろ始まると思って訪れたとのことでした。でも、いくらりんごが無いと言いながらもそこはりんご農園だけに試食用のりんごがあり、自分でむいて食べて来ました。

りんご拡大帰り際に、「小さいけれど」と言いながらおまけのりんごまで頂いて帰ってきました。これが、直接農家さんを尋ねる醍醐味だと思います。贈答用の整ったりんごを受け取るのも良いですが、軒先で試食用のりんごを食べて今年の出来を尋ねたり、品種のことを教わったり、たわわに実ったりんごを眺めると、より山元のりんごを楽しめます。

オススメの山元りんご

秋から冬に山元に訪れる方には、ぜひりんご園を訪れて欲しいと思います。直売所だけでは面白さ半分、ましてりんごのある景色すら見ずに帰るのはもったいないと思います。自分で美味しいと感じないものは勧めにくいのですが‥山元町のりんごは自信をもって勧めることができます。

何度か山元町を訪れている方でも、いちご(山元町=いちごの産地と思われる方も多いです)と比べてりんごに接している方が少ないので、もっと訪れて欲しいと思います。ただ、これ以上、人気が出てしまって軒先でりんごが買えなくなってしまうのも寂しいので、今くらいがちょうどいいのかもしれませんが‥。

そういえば、山元町のふるさと納税でもりんごは大人気だそうです。ちなみに、山元町の人はりんごの品種だけでなく、誰が生産者かを見て選んで買う方が多い(自分もその一人です)ので、自分の好みにあったりんごを探すために、食べ歩きをしても面白いかもしれません。

12月3日の状況

遠方から山元町に来られた方と共にりんご園に行ってきました。すると、既に4台くらい車が停まっていて、軒先に座る人達がいました。話を聞いてみると、りんご園の方が誰もいないようで、戻って来るのを待っているようでした(恐らく収穫で多忙なのだと思います)。

切った北くれないこちらも少し待っていたのですが、戻ってくる気配が無いので別のりんご園に移動しました。そちらでも、先客の方がいたのですが、順番待ちをしてりんごを購入することができました。待っている間に諸食をさせて頂きながら、すぐ横のりんご畑を眺めていました。

待っている間にもお客さんが来られるという状況で、かなり盛況でした。年内はこのような状況なので、訪れる際は平日がおすすめです。ぜひ、山元りんごを食べてみて下さい!


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宮城県山元町の歩きかた

月の約半分は出身地・宮城県山元町に滞在しています。ずっと机に向かっている仕事ではないので、時折外出をしています。

山元町のりんご

2016年10月11日、秋空の山元町を巡ってきました。奥の細道の冒頭、『片雲の風に誘われて漂泊のおもいやまず』という気分でした。まずは、山元町の山手にある太田りんご園に立ち寄りました。

この時期限定の『ひめかみ』と、『秋映(あきばえ)』を食べ比べしたのですが‥昨年と比べるとちょっと甘みが少ない感じでどうしようと思っていたら机の上に蜜入りのりんごがありました。

北くれないそちらを試食で食べたらとても美味しかったので、品種を尋ねたところ、『北くれない』という品種でした。太田りんご園でも木が1本しか無いそうで、育てるのが少し難しいのだそうです。

りんごの中心となる『ふじ』の収穫は11月下旬からとのことですが、それまでは様々な品種を期間限定で楽しむことができます。1000円分購入すると、写真のようなりんごが7個くらい入っています。しかも、おまけで3個くらいもらえます。さらに、試食で1個食させてもらえる(3品種だと3個)ので、だいぶお腹一杯になりました。

切った北くれない農園のおばあちゃんと話をするのも楽しく、色々と教わったりしています。ちなみに、こちらの農園で一番古いりんごの木は息子さんが生まれた年である昭和30年のものだそうです。

ミガキハウスへ

りんごをお土産に、ミガキ中のミガキハウスパーリー建築の山際さん、宮原さんのお二人を訪ねました。ミガキハウスは、宿泊施設が皆無な山元町に新たな宿泊施設を開設するというプロジェクトです。また、パーリー建築は、パーティーを開催しながら建築をするというとてもユニークな集団で、現在ミガキハウスの改修をされています。

工事中のミガキハウス到着したのがお昼時だったので、お昼ご飯をごちそうになり、とりとめの無い構想(バカ話)をしたり、聞いて頂きました。その後、現在、管理人をしている山元町の交流拠点・なわっしょで『パーリー建築と語る会(仮)』の開催をお願いしました。

公務員、先生、警察官などは一言で職業が分かるのですが、最近は一言で説明できない仕事が増えてきているように思います。自分もその1人です。パーリー建築さんのように従来の枠にとらわれない働き方は、これからの生き方を考えるヒントになると思います。

さらに、パーリー建築の山際さんとミガキハウス周辺の雑草観察を行いました。

カキドオシ足元を見ると、ゲンノショウコやカキドオシなどの薬草もたくさん見つかりました。雑草を観察しながら、雑草の育て方や農業のことなどを話しさせてもらいました。

木工工房の無房へ

次に、太田りんご園を紹介してもらった木工房の『無房』の新沼さんを訪ねました。新沼さんは、ちょうど1人で建設中のログハウスの作業を始めるところでした。窓を設置予定の空間からは銀杏をたくさん付けたイチョウや、野の草花が程よく咲いていて秋の変わり目を描いた絵画のようでした。

その後、ギャラリーで作品に触れながら無房を訪れる怪しげな人々の話を聞きました。無房には心を病んだ人?が多く訪れるのだとか‥少々複雑な気分ですが、駆け込み寺のようになっているようです。太田さんのりんご2個を持参したら、代わりに大きなぶどう1房をもらいました。

りんごの木の器ギャラリーの棚に山元町のりんごの木で作った蓋物があったので、買い求めました。りんごとは遠縁の親戚のような感じでしょうか?写真ではうまく伝わらないかもしれませんが、木肌に少し赤みがあります。

さらにフラフラと

最後に、夏にホヤばかり買っていたおなじみの丸長魚店で塩うに(伝統食品で、物凄く塩辛いけれど美味いです)を買ってきました。やはり、地元で食べ継がれているものは美味しいです。

ちょうど、明石焼きの鳥本さんが屋台を出していたので、そちらを幸街堂(こうかいどう)という山元町一クールな施設で食べました。

その場には、スルーエイジ農園の横野さん、スタンドアップ亘理の加藤さんも居ました。平日に自由に動ける人がもっといても増えたらいい、面白い人がさらに集まれば良いという話で盛り上がりました。気が付けば日は傾き、一日はこうして過ぎていきました。

山元町は観光地としては無名に近い土地ですが、実はかなり楽しめる場所でもあります。こればかりは観光情報誌にもネットでも分からず、地元を知る人の特権かもしれません。今後も、このような形で山元町の歩き方を紹介していこうと思います。


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宮城県山元町で外食のことを考える

今年から月の約半分を出身地・宮城県山元町で過ごしてします。山元の未来への種まき会議という団体の事務局をしながら、農家さんとさつまいも作りをしたりあれこれと考える日々です。

さつまいもの状況など

山元町で栽培中のさつまいもは、今のところ順調に育っています!山元町に来てからは書類作りが多く、ようやく畑を見ることが出来ました。

7月21日のさつまいも畑あと、ホヤも早速5個買って来て食べました。夏になると肉厚になるとのことで、美味しかったです。ホヤは東北の中でも宮城、岩手、福島あたりがよく食べるようで、関東ではあまり食べることが出来ません。鮮度が必須条件なのでやはり生産地で食べるのが一番良いようです。

ほや山元町での外食

さて、食べ物のことを書いているうちに、山元町での食事は食材を直接買うか、畑でもらって来たものを自分で調理して食べるのが一番美味しいと思うようになりました。その辺に外食があまり普及しない原因 (=飲食店が増えない)があると思います。

もちろん、飲食店に対する思いは人それぞれなのですが、今のところ山元町で通うお店が見つからないというのが現状です。この考え方を変えると、通いたくなるようなお店が出来れば、潜在的なお客さんはかなり多いと思います。

ただ、飲食店も半年は耐える覚悟があり、お客もただお店が出来たと喜ぶだけでなく、利用して食べ支える気持ちが必要かもしれません。こんなお店があれば良いという想いはあっても利用しなければ続きません。閉店の時だけ惜しかったというのでは遅いということだと思います。ここから、話が少し飛躍しますが‥

宇都宮の事例1

開店時から通っている宇都宮の『すし和食・久』は7月18日で開店2周年を迎えましたが、開店時から今でも月に1日か2日休む程度で続けています。

こはだその間、品質の良い魚を出し続ける努力は相当なものだったと思うのですが、今ではとてもよいお客さんが増えています。昔は、ふらっと立ち寄れば入れたのですが 最近は電話で確認をしてからでないと満席で座れない日が増えています。

お客と店の関係‥色々とあるとは思いますが、こんなお店があれば自分は通ってしまいます。あとは、お客さん同士の会話が楽しいという面もあります。

7月18日にお店に立ち寄った際は、お店で時折顔を合わせていた方とばったり出会い、ホヤの話などをしてきました。美味いとか不味いという評価は個人の好みが反映さ れるものの、雰囲気の良い店にはそれに見合うお客さんが集まるような気がしています。

宇都宮の事例2

もう1軒、山元町の京工房の『万能だれ』と『南蛮みそ』を使ってもらっている宇都宮の優食キッチンも大好きなお店です。最近は日替わり定食が早めになくなったりと、ジワジワとお客さんが増えているみたいです。

2つのお店に共通するのは、美味しいということの他に会話があるということだと思います。やはり、雰囲気 の良いお店での外食は楽しいもので、また通いたくなります。

逆に単に腹に詰め込むだけのお店は縁遠くなってしまいます。雰囲気という漠然とした表現になってしまいましたが、直接お店を訪ねてもらえればその感覚を理解してもらえると思います。

まとめ

美味しいのは当たり前、こだわるのは当たり前という時代だけにもう1つ要素を加える店が山元町に出来れば良いなと思っています。そこには、会話があり、よいお客さんがいて、その雰囲気を楽しむためにお店に行くという流れが作れれば良いなと思っています。

食材については、野菜中心ですが畑から直接持ち込める環境があるので、後は調理などの専門家の力をどう結集するかということになりそうです。今はただ想いだけの状況ですが、いつかそのような飲食店作りに関われたらと思っています。


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宮城県山元町の畑(工房地球村)

これまでにも出身地・宮城県山元町でのさつまいも栽培を書いてきましたが、ご縁があって工房地球村という福祉施設の畑を作るお手伝いをさせて頂きました。

畑の様子

昨日(6月9日)、畑の様子を確認に行ってきました。栽培開始が、5月の20日だったので3週間が経過したことになります。栽培しているのは、ミニトマト、ピーマン、ダイズ(種子から)、そしてさつまいもです。

地球村の畑(6月10日)まだ、緑色の少ない状態ですが順調に生育していました。久しぶりの雨が降ったので、一安心でした。ここ数年は5月や6月の気温が高い上に雨が少なく植えつけた苗が枯れるなど大変な年が続いたのですが、今年はたまに降る雨のおかげでだいぶ助かっています。

栽培前の様子

少しさかのぼるのですが‥2016年の4月23日はまだ下の写真のような状態でした。畑としては、排水が悪く石も混ざっていたりであまり良くない環境でした。

地球村の畑そこで、畑の周囲に排水溝を掘り、土を耕して肥料をまきました。それだけで急に改善されないところが農業の大変なところではあるのですが、これから栽培を続けていけば作物の多く実る畑になっていくと思います。

農地を整備するまでには時間がかかり、農地をダメにしてしまうのはあっという間というのが現実です。どんなに良い畑でも数年放置してしまえば草だらけになり、作物栽培が難しくなってしまいます。

作物の様子

個々の作物の生育の様子です。まずは、さつまいもです。苗を植えた直後はしおれてしまい、一部は茶色に枯れていたのですが、無事に復活しました。栽培をしてみて改めて気がついたのですが、さつまいもは非常に丈夫だと思いました。

こちらの苗はさつまいもの本場、鹿児島県の指宿市から直接取り寄せたもので、山元町の農家さんと一緒に2014年から栽培試験を始めました。今年で3年目となります。品種はべにはるかで、とても甘いさつまいもを収穫することができました。

地球村のさつまいも次は、ミニトマトです。既に黄色い花が咲いていました。葉の色もちょうどよい緑色をしていたので、順調に育っていることが分かりました。ミニトマトは、中玉や大玉のトマトと比べて露地栽培がしやすいので良い天気が続けば間もなく収穫となりそうです。

地球村のミニトマト

最後はダイズです。種子をまいたのですが、ちゃんと出芽しました。ダイズは、2013年に津波の浸水した畑で試験栽培を行ったことがありました。成長は非常に良かったのですが夏から秋にかけての長雨に悩まされ、収穫はほとんどできませんでした。今となっては良い経験です。

地球村のダイズ畑作りのきっかけ

宮城県山元町で2ヶ月に1度、開催されている「山元の未来への種まき会議」で施設の所長さんと、たまたまさつまいもの話をしたのがきっかけでした。

種まき会議は2013年の7月に山元町で活動している復興関係団体の情報交換の場として誕生した集まりで、2016年の7月に20回目を迎えます。当初は参加者として出席していたのですが、2015年の秋から事務局運営に関わるようになりました。これも何かの縁だと思っています。

最近、農福連携(農業+福祉)という言葉を聞きました。異分野の融合は新しい物事を生むきっかけになると思います。耕作放棄地の解消や、障がい者の方の雇用促進に繋がれば良いなと思っているところです。まずは、第一歩が始まったばかりです。


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農産物の6次化の裏側

最近は、農業も単に生産するだけでは難しい時代になっています。よく、農業の6次化ということばを聞くようになりました。今回は、農業の6次化について考えてみたいと思います。なお、大まかな話は以前の記事に書いてあります。

商品が出来るまで

最近では、道の駅に行けば必ずといって良いほど野菜の直売所と地元の特産品を見かけるようになりました。その中から実際に手に取り、購入に至るのは多くても数点となっていまいます。中には、非常に工夫されている商品もあれば、もったいないと思うこともあります。

もったいないとは、中身が良さそうなのに情報が不足していたり、展示が雑だったりするという意味です。以前、塩だけで漬けた白菜が欲しくて購入したのですが、食べてみたら調味液が入っていました。ラベルの表記が微妙だったので悩んだのですが、結果的に求めていないものを買ってしまいました。

そんな商品ですが、いざ自分が商品作りに関わるとあれこれと考えることになります。恐らく、大半の商品についてもそれなりに考え抜いた結果が出ているのだと思います。

売り先の確保

これは、農業に限った話ではありませんが、売り先の確保が一番のカギになると思います。安定した売り先があれば、安心して生産・加工品が作れます。

もちろん、安定といっても特定の業者に依存し過ぎると一方的に仕入れ価格やを下げられたり、販売手数料を上げられる可能性もあります。また、特定の会社の契約農場もそういう恐れがあります。

ともにはまみちこれらは極端な事例ですが、やはり売り先がある安心感は非常に大きいものがあります。先日、色々な縁が繋がり、出身地である宮城県山元町でお世話になっている菅野京子さんの万能だれや南蛮みそを亘理町の生協近くにある『ともにはま道』さんで取り扱って頂くことになりました。

商品の歴史

元々、万能だれは山元町で10年以上販売されていた商品でした。その後、東日本大震災があり、タレの素材を生産していた野菜畑に津波が浸水し、畑のがれき拾いから始めることになりました。

京工房宣伝(亘理用)はがき2その後、万能だれの瓶のラベルを変更する際にお手伝いすることになりました。ラベルのデザインは東北生活文化大学の学生のみなさんに作って頂きました。大学との繋がりは中学の時の同級生がつくってくれました。

京工房宣伝(亘理用)はがきまた、『ともにはま道』さんとのご縁も人との繋がりからで、振り返ってみると色々な方が関わっています。消費者としてお店に行くと、つい棚に並んでいる商品そのもののことばかり気になるのですが、それぞれの商品も恐らく色々な方が関わっているのだと思います。

商品と縁

先ほどまで宣伝用のチラシを作っていたのですが、ここ数年の出来事を振り返りながら製作していました。今は専門的なソフトが無くてもある程度のものは作ることができます。もちろん、色やデザインは様々な手段があると思うのですが、商品のことを伝える言葉は商品と深く関わるによって、初めて生れてくるような気がします。

京工房宣伝(亘理用)A4今回、世の中の物事には多くの縁が重なっていることに、つい忘れがちになるので、たまに振り返ることも大事なことだと改めて思った次第です。


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宮城県山元町で試してみたいこと

最近は、読書をしながらあれこれと考える日々です。やりたいことが、必ずしもすぐに実現する訳ではないのですが、まずは簡単に実行できることから試そうと思っています。

なぜ試すか

そもそもの話なのですが、出身地である宮城県山元町はごく普通の地方であり震災の被災地でもあります。震災から5年が経過し、このままでは全てがマイナスに進むという岐路であるような気がしています。

倒れた杭

それに加えて、他の地域で出来ることが山元町で出来ないはずは無いという想いがあります。試したことがすぐに世の中を変えるという訳では無くて、実は大半は個人的な趣味の領域なのですが、世の中、狙った通りにいかないところが面白い部分でもあります。

何か目に見える形で試せば、周囲からの反応があります(無くても全然構いません)。一緒に何かを作るのも良いし、ああこんなことをやってもいいんだ、自分にも出来ると思ってもらうだけでも何かを試す意味があると思っています。

さつまいも作り

まずは、津波の浸水した土地でのさつまいも作りです。2014年から始めて、今年で3年目を迎えます。1年目はどんな品種が育つかも分からない手探り状態で、「べにはるか」が育つことが分かりました。また、冬季の保存を上手にしないと寒さでダメになるというのも実体験で身にしみました。

傷んださつまいも

2015年は、猛暑と長雨に悩まされたものの、収穫したさつまいもは全て完売となりました。少なくとも、赤字にはならなかったという点は大きかったと思っています。

そして、今年2016年は新たな展開を考えています。それは、収穫したさつまいもの一部を山元町で活動している「山元の未来への種まき会議」と「社団法人ふらっとーほく」に寄付するという試みです。ただ、農家さんにとってもう少し利益になる仕組みにしたいと考えています。

さつまいも畑(8月9日)

ゆくゆくは、「さつまいもで平日の昼間に動ける若者を増やしたい」と考えています。何かの仕事をしながらの復興支援活動ではなくて、堂々と平日に動ける人が作れたらという想いです。もちろん、さつまいもだけでは難しいかもしれませんが、まずはさつまいもから初めて、いずれは山元町内のいちごやりんご農家さん等を巻き込んでいけたらと思っています。

NPOや社団の活動は、正直儲かりません。儲からないから不要かというとそういう訳ではなく、どうしても助成に頼らざるをえません。お金の切れ目が縁の切れ目ではありませんが、安心して活動できないということは非常に辛いものです。そのような訳で、さつまいもで、人が雇えるならばこんな愉快で痛快なことは無いと思っています。

雑草とコケの活用

地方に行けばいくらでもあるもの‥雑草とコケはその1つだと思います。元々、大学で15年ほど雑草の研究をしていました。そのようなこともあり、雑草をどうにか活用できないかという想いがあります。

雑草の栽培

先日、東京駅近くの商業施設「Kitte」で面白い店を見つけました。北麓草水という店舗です。野草(雑草)を使った化粧品などを販売していました。実際、どの程度の量が入っていてどのような効果があるのか‥と研究的には一番気になるところですが、それはともかくとして雑草の活用は非常に面白い考え方だと思います。

その他にも、コケがあります。個人的にも部屋でコケを育てている(放置)のですが、常に緑色で中々良いものです。これも、立派な商品となります。「道草」というお店もあるようです。

ガラスケース入りのコケ

雑草もコケも育てていると言えば、ちょっと変わった人という扱いを受けることが多々あります。それ故に、雑草やコケは大きく化ける分野のような気がしています。誰でも当たり前と思っていることからは、大きな成果を得ることは難しいのではないでしょうか。着眼点を少し変えるだけで、資源はいくらでも見つかると思っています。

その他

それ以外にも、山元町の土を使用した陶器作りであったり(以前、実際に試したことがあります)少しずつですが形にしていきたいと思っています。

一番大事なことは、成功例をマネることではなくてどうせやるならば視察が来るくらいのことを実行することだと思っています。二番煎じ、三番煎じはどんどんと劣化していきます。もちろん、参考になることはどんどん学んでいこうと思っています。

とにかく、試すこと。具体化することを第一に進めていくつもりです。100やって1つか2つくらいが残れば良いと思っています。


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宮城県山元町に来ています

2月14日から出身地である宮城県山元町に来ています。夜はテレビの無い環境のため、あれこれ考える時間となっており非常に有意義に過ごしています。

同じ屋根の下

山元町では、同じ中学校出身の2人と同じ屋根の下で過ごすことが多くなっているのですが、その環境が良い勉強の場となっています。ちょっとしたやり取りもまた、楽しく感じます。

特に、ゼロから1を生み出す場合、議論できる場があるということは大きな意味があると思います。議論の中でふと出た言葉が後に効果的な役割を果たしたりします。自分の中にあることでも気が付かないことは多いので、議論は引き出すきっかけとなります。

議論の成果を眺めたり講師から話を聞くのも勉強にはなると思いますが、裏側でのやり取り、葛藤、悩みなどを見る方がもっと勉強になると思います。今、ちょうどそのような場に立ち会わせてもらっているところです。

考えること

非常に基礎的なことですが、自分の頭で考えるということが全ての始まりだと思います。ところが、最近はすぐインターネットで調べたりコンサルタントなどに依頼してしまう場合が多々見られます。

確かに、インターネットは非常に便利でクイズの答え調べ程度であればすぐに出来ます。また、料理の作り方や様々なマニュアルも落ちていますが、当然ながら使い古された情報で溢れています。

やはり、自分の頭で考えることが基本だと思います。‥と真面目な話を書いたのは、自戒を込めてのことでもあり、日々の山元町での議論を見てつくづく考えたためです。

楽しむ余裕

結局、考える環境をいかに楽しめるかということに尽きると思います。そして、そういう場の必要性を知ってもらえればと思っています。こういう場は往々にしてお金を生まない場であったりするのですが、儲からないから切るというのでは無くてムダも必要だという余裕が欲しいと思います。

つまり、箱物に予算をかける一方で、考える人達が存在できる場にも少しだけ予算を回して欲しいなと思います。何億も必要な訳では無く、公共事業から見れば微々たる予算であっても10年後、20年後にじわじわと効いてくる投資だと思います。

もちろん、行政からの支援に依存しているだけではダメなのですが、稼げない事業も事業として残してもらえたらと思っています。そういう予算のおかげで、今、こうしてこの記事を書けているという面があります。ただ、この予算は今年の3月で終了してしまうので、4月以降どうなるかは分からない状況です。

何事も人と人との繋がりであると思うので、これからも様々な発信を続けていこうと思っています。


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宮城県山元町に行ってきました(1月16日~2月24日まで)

今、新幹線内でこの文章を書きながら出身地・宮城県山元町で過ごしてきたことを振り返っています(2月24日記述)。

山元の未来への種まき会議

1月17日に開催されました。この会議は性別や年齢を問わず山元町に興味のある誰もが参加できる集まりです。最初の頃に参加させてもらっていたのですが、その後、少し離れてしまいここ最近、再び関わらせて頂くことになりました。

会議では色々な繋がりが出来るのですが、今回は、同じテーブルで話をさせて頂いた山元町の福祉系団体の施設長さんと、山元町で栽培しているさつまいもの話題で盛り上がりました。

山元町でのさつまいも栽培については、こちらをご覧下さい。

さつまいもの縁

会議終了後、さつまいも栽培について改めてお話をする場を頂きました。ちょうどさつまいも畑の写真を持参していたので、良いタイミングでした。

試し掘りしたさつまいも

また、ギリギリ最後のさつまいもを試食用にお渡しすることが出来ました。昨年は不作の上に、購入希望者が多かったため完売となりました。

お話の後で、今度施設の裏に畑を作るので、さつまいもを植えて欲しいとお話を頂きました。大変ありがたい話で、植え付けの季節が楽しみになってきました。

廃棄農産物の再利用

さつまいも栽培をお願いしている農家さんはにんじんも栽培しているのですが、どうしても不揃いが出てしまいます。これまでは、ゴミにしかならなかったのですが、施設長さんの方から試験的に団体が運営するカフェで販売をしたいというお話を頂きました。

不揃いなにんじん

これまでも、規格外の野菜や果物を何とか良い形で出したいと考えていたので、夢がひとつ叶いました。もちろん、まだ試験販売の段階です。今後、そののまま袋詰めでを販売するか、ジュースの形で提供するのかを模索していくことになりそうです。

継続と言い続けること

過去にも何度か書いたことかもしれませんが、自分が思っていたり、考えていることと同じレベルで周囲が自分のことを理解しているとは限りません。

もちろん、稀に相手の方が詳しかったりもしますが、大半は知られていないと考えた方が良いと思います。このためにも、言い続けること、伝え続けることが不可欠だと思います。

そうすると思わぬところで繋がる場合があります。同時に、継続することも非常に大事だと思います。無理して続ける必要はありませんが、続けること、積み重ねることで急に勢いの付く場合があります。そのようなことを改めて思った山元町滞在でした。


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宮城県山元町に行ってきました(12月25日から29日まで)

最近は月に1度程度は出身地・宮城県山元町に通っています。今回は、イベントのお手伝い、山元町の農家さんに栽培をお願いしたさつまいもの販売、事務関係の打ち合わせをしてきました。

イベントの開催

12月27日、山元町の真庭(まにわ)という地区で山元はじまるしぇというイベントが開催されました。このイベントは第1回目の開催ながら、約40の店舗が集まりました。大きなかるた取りなどもありました。

かるた

数日前までは雪の予報でしたが、晴れとなり、約1500人の来場がありました。当日は、真庭地区の野菜やりんごの販売をお手伝いしました。

太田りんご園の木(拡大)

当初、地元のお客さんが多くて中々売れませんでした。地元では、りんごや野菜はもらうものという意識が強いためです。また、りんごは生産者を選んで食べている場合が多いため、誰が作ったりんごかを聞かれたりもしました。 それでも、最終的には担当した野菜とりんごを全て販売することが出来ました。

さつまいも販売

山元町で農家さんとともにさつまいも栽培をして2年が経ちました。今年は天候不順で収量も低下しましたが、甘いさつまいもが収穫できました。

箱入りさつまいも

さつまいも栽培の経緯については、これまでも書いてきました。やはり、山元町にとって農業がもっとも相応しい産業であると考えています。

地方の強みの1つは、未利用の農地が余っているということだと思います。また、外部から何かを持ってくる前に、現在あるものを最大限に活用することが大切だと思います。

さつまいも畑

そのような経緯で始まったさつまいも栽培でしたが、今年は完売となりました。ころまでは小規模での栽培でしたが、2016年は規模を拡大したいと考えています。

出会い

山元町に滞在中、たまたま参加したイベントがありました。古くなった民家を改装して宿泊や集会の出来る場を作ろうという試みでした。

都内や仙台から来ている人の他に地元の人も参加していました。都内から来た人は日帰りとのことでした。参加者の中には、知っている方も居ました。こうした活動が地元ではあまり知られていないのは少し残念ですが、震災から5年近く経過しても多くの方が活動をしています。

食事

今回も、山元町のりんごやほっき飯、ゆず砂糖(すりおろしたゆずの皮を砂糖と混ぜたもの)などを食べることができました。当たり前に手に入るものが普通に美味しいというのも地方の特権だと思います。

ほっき飯        干しりんご

(山元町のいちご、りんご、ほっき飯、干しりんご)

まとめ

宮城県山元町は震災後、県内の他地域と比べるとあまり知られていない町でした。現在はその遅れを取り戻すかのように少しずつ新しい動きが伝わるようになってきました。

そういうこともあり、2016年は今後の山元町の行方を決める重要な分岐点になると考えています。こちらも、農業分野を中心に色々なお手伝いをしていきたいと思っています。


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宮城県山元町に行ってきました(11月27日から)

先月の27日から10日ほど出身地・宮城県山元町に行ってきました。山元町は福島県との県境にあり、仙台からは電車で50分程度で行けるのですが、現在は震災の影響で鉄道を再建中のため代行バスが走っています。

また、同じ沿岸部に位置する石巻や女川、気仙沼などと比べると知名度がやや低い町でもあります。この件については、いつか書いてみたいと思いますが震災直後の報道量の差がそのまま知名度の差となっているように思います。

さて、そんな山元町での出来事を写真を中心に紹介したいと思います。

拠点に滞在

以前の記事にも書きましたが、今回も山元町の拠点‥キラリ山元交流拠点「なわっしょ」(山元町高瀬字合戦原113-37)に滞在していました。運営は任意団体である山元町の種まき会議です。

現在は宮城県の助成を受けて運営されています。会議や集会用に公民館などの施設はありますが、宿泊ができる上に遅くまで利用できるというのが最大のポイントです。

遅くまで利用できるために、仕事が終わった人達が集まりに活用しています。その集まりからは、新たなイベントが生まれたりとこれまでに無い動きが出ています。

食事

拠点に滞在時、困ったのは食事でした。元々、山元町には飲食店が少ないという特徴があり、外食はどの地域でも似たようなもので、食事のバランスをとるのが非常に困難です。

あるお店の弁当が美味しいと思っていても、さすがに2日、3日と続けば辛くなってきます。後から聞いた話では、業務用の食品をかなり活用しているようです。下手に調理するよりも、加熱するだけで出せる業務用の方が美味いというのも何だか複雑な気分ではあります。

お世話になっている農家さんに相談したら、毎朝、畑に向かう前に食事を届けてもらえることになりました。

菅野さんの差し入れ       勝太さんの差し入れ

普段から食べている家庭料理が一番ありがたいということをしみじみと思いました。

ケーキと焚火

山元町には観光地らしい場所はありません。そのせいか、観光協会もありません。それでも、色々と回ってみると面白い発見ばかりです。

焚火   カシスケーキ

木工工房の「無房」の新沼さんを訪ねた際には、焚火にあたりながらの会話となりました。最近では直の火を見るというのも稀になってきましたが、ゆらぐ炎見ているとひき込まれてしまいます。

最近では、洒落たケーキ屋さんも出来たりして、ケーキを丸かじりしながら暮れゆく空を眺めていました。このような楽しみ方は観光ガイドには載らないかもしれませんが、自由に過ごすというのも良いものだと思います。

山元町の風景・断片

その他にも‥市場に流通せずに消費されている山元町のりんご。

太田りんご園の木  太田りんご園の木(拡大)

今ではあまり利用されないものの、アートのように実る柿。

山元町の柿    山元町の柿(拡大)

今も残る旧分校の建物。

真庭分校の廊下  真庭分校の部屋

山元町ではあまりにも普通の景色であるため、改めて写真を撮影するようなものでは無いと思われています。しかし、今回、あちこち回ってみて普通と思っていた景色がかなり面白い資源であるように思えました。

このためにも、外からの視点をより大切にしていく必要があると思います。山元町に限った話では無いのですが、地方には何も無い訳ではなく、単に何かを見い出せていないというのが事実だと思います。

そう思って歩くだけでも、だいぶ見え方が違ってくると思います。そんなことを考えながら山元町を巡っていました。


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宮城県山元町に行ってきました(10月26日から29日まで)

引き続き出身地・宮城県山元町の滞在記です。10月24日と25日については別に記述してあります

再び山元町へ

10月26日、仙台で午前中の予定を終えた後、常磐線で山元町へと移動しました。常磐線は震災前、上野から仙台まで結ばれていましたが、現在は震災の影響で一部電車での運行が止まっています。

常磐線の車窓から

山元町にある常磐線山下駅と坂元駅は現在、代行バスの運転となっており、不便な状況はまだ続いています。そのような交通状況下ですが、移動して宮城病院の近くにある拠点「なわっしょ」に滞在することとなりました。

拠点について

拠点には専属の事務員一名と、拠点を借りて東北で活動をしている一般社団法人のメンバーが2名居ました。ともに、30才前後の若手で、あちこちに出掛けて活動をしていました。

なわっしょ看板

拠点は、現在宮城県からの支援を受けて運営されています。いわゆる助成金事業なのですが、すぐに利益を得られない事業には非常にありがたい支援だと思います。

なわっしょ建物

もちろん、助成金が有効に活用されているかをしっかりと見極める必要がありますが、箱物建築と比べれば格段に少額の予算です。将来に向けて、少額でも継続した支援があれば非常に助かるのですが、こればかりは担当者の熱意に比例するようです。

拠点での日々

彼らの姿を、今回間近で見ることができました。学校であれば指示や課題を示されて、それに対処するという形になりますが、彼らは自分の頭で一日の活動をしていました。

一見、自由ではありますが限られた人員と時間の中で有意義に過ごし、成果を上げることは中々大変なことです。そのような条件下で動く姿を見て、よい刺激をもらいました。そして、地方には彼らのような力が不可欠であることを確信しました。

安心できる保障

現在、彼らを支える財源は県や商工会からの助成金や委託金、企業や財団からの寄付金です。このため、1年後の保障はありません。

今の時代、人が生きる上ではお金が必要となります。お金という裏付け、つまり生きる保障があって初めて復興支援活動ができます。

札束

在籍しているだけで給料が支払われる復興庁や行政の職員とは大きな差です。極端に言えば、ただ居るだけで給料のもらえる人と、活動して成果を出してようやく給料のもらえる人の差です。また、仕事量や成果と給料・保障が比例していないという現状はよく考える必要があります。

継続した活動

金の切れ目が縁の切れ目ともいいますが、被災地ではそのような事柄を多く見かけます。もちろん、助成をもらうだけで成果の出ない事業は止めるべきだと思います。

一方で、社会的に必要な事業に対しては数年間じっくり取り組める支援が必要だと思います。先程も書いたように、支援に関わる人が専念できる保障体制を作るべきだと思います。

走る

また、これと平行して、各団体は自力で資金を得ることも忘れてはいけないと思います。被災地に自立した事業が増えることによって継続した支援が可能となります。

出来る範囲の手伝い

たまに都内の会合に出ると、今でも復興支援に関わろうとする多くの方に出会います。もちろん、それぞれの関わり方は様々です。

支援はかなり様々な選択肢があります。必ずしも高い交通費を支払って、現地まで行く必要はありません。交通費の分を支援したい団体に寄付するだけでも十分な貢献です。

また、パソコンが得意な人、イラストや写真が得意な人も得意分野を生かした支援が可能です。自分のやれる範囲での支援でも大きな貢献となります。

山元町へ

自分としては現状のよく分かる出身地・宮城県山元町に多くの力を結集したいと思っています。このため、会う人、会う人に山元町の話をするようにしています。同時に、インターネットでの情報発信も続けています。

影

被災地に1人でも多くの力が集まり、宮城県山元町を始め多くの被災地がより良い未来に向かって歩んでいけることを思いながら、日々過ごしています。


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宮城県山元町に行ってきました(10月24日、25日)

10月24日から29日まで出身地である宮城県の山元町に行ってきました。穏やかな秋晴れから、夜中の雨、強風と色々ありましたが、まずは24日と25日のことを写真を交えて書いてみたいと思います。

24日のこと

朝7時過ぎの新幹線で宇都宮を経ち、白石蔵王で下車し、在来線の乗り継ぎで常磐線の浜吉田駅に向かいました。本当は仙台まで行き、そこで常磐線に乗り換える方が早いのですが、料金が1200円くらい安くなるため、今回はお金を優先しました。

その後、さつまいも栽培でお世話になっている、山元町の菅野さんの所へ向かいました。菅野さんの畑では、収穫されたさつまいもの様子を見てきました。現在、熟成中です。

2015年のべにはるか

また、赤くなったピーマンをたくさん頂きました。赤くなったピーマンは市場では引き合いが無く、地元の直売所でもあまり売れないので、ゴミになってしまうようです。

ごみになったピーマン

何かに活用できないかと考えているところです。加工品を作るだけでなく、ピーマンの収穫体験も面白いのではないかと思います。実際に体験させてもらったのですが、面白い経験でした。

午後は、東京から訪れているNPO法人と、仙台の方と共にいちじく栽培のやまうち農園を訪ねました。たくさんのいちじくを試食させて頂きながら、山内さんのお話をうかがいました。

ビオレソリエス

また、秋晴れの中のいちじく畑見学は非常に楽しい時間でした。畑の周囲にはオレンジ色の鮮やかな柿、黄色のゆずもありました。夜は、頂いたゆず4個を絞り、醤油に混ぜて即席のゆずポン酢を作って鳥鍋を食べたのですが、生ゆずの香りも良く、贅沢な食事となりました。

やまうち農園のゆず

時間は前後しますが、夕飯の前に山元町の山手の方にある太田りんご園とウッドクラフト無房の新沼さんを訪ねました。太田さんのところでは、大量に試食をさせてもらった上におまけのりんごをたくさん頂きました。

リンゴ3つ

また、新沼さんのところでは、ログハウス作りの話を聞いたり、カメムシの話まで幅広い話をしてきました。また、柿渋を塗った柿の皿を購入しました。非常に軽く、既に骨董のような風合いがあります。

25日

午前中、山元町の種まき会議が運営する拠点・なわっしょで今後について打ち合わせを行いました。また、お昼からは農業生産法人GRAで開催していたイベントに参加しました。郷土料理のはらこ飯などを頂きながら、色々な情報交換をすることが出来ました。

はらこ飯

この日は翌日の予定に合わせて仙台へ移動することになったのですが、強風で電車が止まる可能性があったため、仙台駅東口に向かうバスに乗りました。

10月1日にダイヤ改正があったようで、1時間も待つことになったのですが、その間は中央公民館のソファーに座りながら、携帯に文章を書いていました。

バスの選択は正解で、仙台では山元町の隣の亘理町出身で、同年代の大堀裕二さんがオーナーを務めるパティスリーKisetsuにお伺いしました。特別に山元町やまうち農園産のいちじくジェラートをごちそうになりながら、色々と話をして来ました。

フランボアーズエクレア

今、改めて多くの方と出会った一日を振り返っている所です(2015年10月25日記述)。


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震災の後で考えたこと

東日本大震災の後、今も含めていろいろと考える日々です。無の状態から何を創れるか、どう情報を伝えていくかということばかり考えてきた気がしています。

震災で被災した各地で様々な試みがあるようですが、多額の助成金を使用して失敗した事例もあれば、順調に進んでいる地域もあるようです。やはり、各地域ごとに条件が異なるので一律の発想では難しいのかもしれません。

何かを創る

震災の後で、出身地・宮城県山元町で何ができるかをずっと考えてきました。ともかく、何かを創りだすことが始まりだと考えました。自分なりに町の絵を描いたこともあります。

沿岸部には太陽光発電のパネルが並び、町には木工、陶芸、漆、金属など様々な職人が集まる職人町が出来、設備を強化した病院を軸に福祉施設、保育所が付属し、福島の被災者が移住しやすいような環境整備と農地の提供。

色えんぴつ

そんなことを考えていました。太陽光パネルは実現しなくてよかった(沿岸部では腐食するなどの問題が多い)のですが、あらゆる技術を持った職人の集まる町が実現したら面白いだろうと思っています。

自分で出来ること

最初は、助成金を受けなければ進まないような大きな話ばかりを考えていました。しかし、提言すべき町の行政が現状の維持で手いっぱいでとても未来を語れる状況ではありませんでした。

そこで、自分でも出来ることからやろうと考え直しました。当時は、ボランティアとして瓦礫の撤去が一番手っ取り早い支援だったかもしれませんが、正直なところ体が動かず、将来に残ることができればと考えていました。

最初に思いついたのは、雑草で紙を作り、有名人に字や絵を描いてもらって展示するということでした。雑草の広がる沿岸部を見て思いついたことでした。これは、構想だけで終わりました。

農業に着目

その次に考えたのは農業でした。地方の最大の強みは活用できる土地が大量に余っているということです。土地を活用して何かを創るならば農業が一番の近道です。

最初、沿岸部には雑草のヒエが大量発生していたので栽培種のヒエ栽培を考えました。改めて資料をたどると、岩手がヒエの産地であることや、いくつかの地域がヒエを活用した特産品作りをしていました。

イヌビエ

しかし、脱穀が難しいことなどの問題があってまたしても断念しました。その後で、魚の養殖とか薬草の栽培など色々と考えましたが、悩んだ末にダイズにしました。2013年のことでした。詳しい経緯は、過去の記事に書いてあります。

失敗の後で

様々な経験を経て、2014年にはさつまいもの栽培を始めました。こちらは、出来が良かったので今年も栽培を行っています。やはり、色々と試すべきだということを学びました。

さつまいも畑(8月9日)

今でも、農地は塩類の影響を受けているという考えがあるようですが、2013年当時でさえ塩の影響はありませんでした。もちろん、作物によって塩に対する感受性が異なる(いちごは弱い)のでその点は注意が必要なのですが、実際に試したおかげで確認することができました。

また、2014年はさつまいもと同時に「むらさきどうがらし」と甘いとうがらしの「シャインブライト」と「カレイドスコープ」も農家さんにお願いして栽培してもらいました。

むらさきとうがらしの栽培風景

栽培自体は大成功だったのですが、あまりにも奇抜過ぎて地元の直売所ではほとんど売れませんでした。栽培と売り方をセットで行う必要があることを学びました。

農業以外に試したこと

農業の他にも試せそうなことをずっと考えています。元々、陶芸や木工など工芸関係が好きなので趣味の延長ではあるのですが、山元町には土と木がたくさんあります。

それを使わない手は無いということで、まず山元町の土で陶芸をやってみました。山元町では土器の破片などが出土していたので、良質の粘土があるだろうという仮説もありました。ただ、釉薬がかけられた近代的な陶器は無いようです。

山元町の土で作った花瓶   山元町の粘土で作った仏像

本当は、ちゃんとした粘土を探せばよかったのですが、とりあえずということで崖の表面の土を採取して作ってみました。一応、形にはなったものの水が漏れる器でした。それならば、水を入れないものを作れば良いだけなので、その辺は考え方次第だと思います。

その他にも、山元町で栽培されている伊達むらさき(商標で、一般的には金時草として知られる)を染め物の原料にして植物染めのジーンズを作れないかとか、福島で生産されている川俣シルクと一緒に出来ないかと考えたこともあります。

伊達むらさきの拡大

今でも、当時買った植物染めの本が本棚に数冊置いてあります。ひとつの地域で完結するのではなく、他の地域と連携してモノ創りができればという想いを抱いています。

可能性はいくらでもある

ここに書いたのは一部で、突き詰めて考えればいくらでも創ることができます。基本的には、山元町の中に何があるかを自分の目で見て、そして歩くことから始まります。

そうした上で、試せることから実行していけば、1つか2つくらいは成功例を創ることが出来ると思います。

各地を視察する前に、足元をじっくりと見つめる

ことが大事だと考えています。そうすると、案外面白いものが転がっていることに気が付きます。後は、歴史を調べるのも有効な手段だと思います。

郷土史を読んだり、資料館を訪ねたりするとヒントになるものが見つかることもあります。現在を見つめ、過去を調べて未来に繋げる‥と書けば大きな話ですが、使える手段を有効に使えば発想はいくらでも湧いてきます。

後は、情報の発信、関わる人を増やすこと、継続的な活動だと思います。


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