「モノの見方、考え方について」カテゴリーアーカイブ

ひょうたんを育てた話

数年前まで、毎年のようにひょうたんを育てていました。特に理由は無くて、単なる遊びとしてひょうたんの種子を買ってきては苗を作り、畑に移植していました。しかも、大学の中で。それが、大学の良いところかなと思うのですが‥最近は、せちがらいというか、短期間で成果を出さないと予算を削られたりとか、目先だけの研究が増加しています。

卒論などでも、研究室によっては最初から答えの出る研究テーマを与えたりします。確かに、物事を整理してまとめ上げる練習と思えば、そういうのも良いのかもしれません。ただ、答えの分かっていることを今更調べて面白いのかなと思う訳です。そんな訳で、結果が出るかでないかも分からない(恐らく出るだろうというレベル)テーマの方が良いだろうと思うのですが、最近の学生さんはそれは不安に思うようです。答えの出ない分野なんかいくらでもあるのに、クイズのような暗記型の勉強に慣れてしまったせいかもしれません。

‥話がそれてしまいましたが、ひょうたんを育てるということは、しっかりと結果が出ます。そういう意味では最近の学生さん向けかもしれません。ちゃんと育てあげれば、それなりに収穫ができるし、ちゃんと管理しなければ全滅してしまう訳です。

2014/ 9/18 10:55

ひょうたんを育てていると、毎年、同じ虫がつきます。だから、今年はそろそろ殺虫剤を散布しようかとか考えながら成長を観察することになります。一度、植物を育ててみると分かることですが、農業は雑草と害虫との闘いになります。これを共存ということで無農薬で通す人もいるでしょうが、そこはそれぞれの考え方かなと思います。ただ、目の前のひょうたんが枯れてしまうのは嫌なので、自分は殺虫剤も化学肥料も普通に使ってきました。それでも、当然ながらちゃんと育ちます。

ひょうたんに限らず、こういう栽培の経験をしておくと農産物を見たときにいろいろと考えるきっかけになります。スーパーに並んだ野菜を見ただけでは、生産の大変さとか、農家さんのこだわりは分かりません。同時に、無農薬とか無化学肥料にどの程度の意味があるのかも分かってきます。また、大半の作物は1年に1回しか育てられません。だから、農家の大ベテランであっても10歳から栽培を始めたとして90歳までで80回しか栽培できなません。

さて、ひょうたんは収穫後の楽しみがあります。それは、形がちゃんと残るということ。例えば、千利休が花入れとして使用したひょうたんは今でもちゃんと残っています。普通の農作物は食べてしまうので形が残らないので、それがひょうたんの良いところだと思います。インターネットで調べると、結構、ひょうたん愛好家の方が存在します。

2014/ 6/13 22:59  2015/ 2/27 20:06

2015/ 1/20 13:37  2015/ 3/19 20:53

上の写真のように、絵の具で顔を描いたり、黄色いスプレーを塗って幸せの黄色いひょうたんを作ったり、さらには研究室の入口に飾ったりもしました(文字は雑草と読む)。こういう遊びは決してムダではなくて、後々まで生きてきます。あまり真面目に生きるよりも、この程度のゆとりは持っておきたいものです。


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歴史から考える

最近、携帯ゲームのCMに信長と光秀(ちゃんとパソコンで一発変換できるあたりが有名人であることの証明かもしれない)が出ていたけど、どの程度の人が分かるのでしょうか?ただのちょんまげ姿の二人がゲームをしている‥としか見ていない人も多いかもしれません。

結局、基礎的な知識が無いと皮肉もパロディも通じません。例えば、時事ネタの多い爆笑問題のネタはニュースやワイドショーを見ていないと何が何だか分からない時があります。だから、本として出版された時は1つ1つ解説が掲載されています。

そこで、歴史の話が出てきます。歴史を知っていても社会の試験に役立つ程度と思うかもしれませんが、歴史を知らなくても今を生きることに不便は感じないかもしれません。何か調べる時はインターネット検索をしてしまえば、どうにでもなります。

人は頑張っても100年くらいしか生きられません。その中で技術は飛躍的に進歩(退化?)していますが、人間の考え方や物の見方は大して変わっていません。だから古典と言うような本が今でもビジネス書などに活用されています。今を、これからをどう生きるかという時に歴史を学ぶことは大きな意味を持ってきます。特に、失敗例は学ぶところが多いと思います。ただ、歴史を今の時代の基準見てしまうと、誤った評価をしてしまうことがあるので、当時の時代背景を頭に入れておく必要があります。

ただ、歴史の評価ほどいい加減なものはなくて、当時良いと思っていたことが後世で悪い評価をされたりその逆もあります。結局は人間の考えることなので、そういうものだと思っておいた方が良いかもしれません。過去をさかのぼってみると、大体、世の中は周期的に変動していることに気が付きます。ブームが起きては沈静化し、また時間が過ぎてからブームとして再燃します。今がどの波なのかを考えるときに、歴史は便利なものさしになります。

細々した話はこの程度にしておいて‥信長、秀吉、家康の3人の苦労具合を考えたことがあります。自分がこの3人の立場だったら、1番辛いのは秀吉だろうと思います。秀吉の周辺には弟の秀長がいる程度で、残りの親類は出来が悪く、農民からのたたき上げだから秀吉を命がけで支えるような武将団はほとんどいませんでした。そんな中で、天下を獲った苦労は並大抵のことではなかったと思います。大河ドラマで官兵衛が秀吉を支えているような描き方をしていましたが、秀吉はそこまで官兵衛に依存はせずに(依存する必要もなかったはず)独力で道を開いていたと思います。また、官兵衛も黒田家を最優先していたと思います。

一方の信長は、当時の血筋からすれば上等とは言えなくても領主の息子であり、老臣の存在は厄介だったかもしれませんが、自分の親衛隊を育てることはできました。家康も人質になったりと苦労の連続でしたが、何代にもわたる家臣団との結束は大きかったと思います。主君のために命を捧げるだけの家臣の数は、秀吉よりも多かったということに尽きます。‥と、たまにこんなことを考えたりしています。


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頭の良さについて

頭の良い人と聞いたとき、どのような人の顔を浮かべるでしょうか?ノーベル賞の受賞者、大学の先生、棋士‥など様々な人が出てくると思います。でも、頭の良さ=勉強ができるということにはなりません。確かに、勉強が出来れば東大だろうが京大にも入れるし、医師にも弁護士にもなれる訳ですが、ここで言う頭の良さというのは、臨機応変に対応できる頭を持っているという意味です。

どうしてこういう話を書いたかというと、偏差値の高い大学の学会発表や論文が、必ずしも良い質であるとは限らないということを見ていたためです。研究の分野であれば、着眼点とか、地道なデータの積み重ねなど必ずしも勉強ができる必要は無い訳です。むしろ、虫や魚が大好きで趣味の一環として研究をしている方の方が遥かに本質を捉えていたりします。

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だから、大学の成績(勉強)でそれほど悩む必要は全く無い訳です。自分の大学生活を振り返ってみれば、ろくな成績ではありませんでした。例えば、追試で電話が来たりとか2度、3度とレポートを提出させられた経験があります。高校の時は赤点対象者として、1日に何を勉強してどのような時間の使い方をしたかということを紙に書いて提出させられたこともあります。

そんな人間でも、学位(博士号)を取得できた訳で、勉強(主に暗記)で一喜一憂する必要は無いと考えています。ただ、それだから勉強をしなくても良いという理由にはなりません。やっぱり、文章を書くために本をたくさん読んで、人と会話して自分の頭の中身を整理するということは必要です。それと、暗記できていない部分は、本のどこを見れば載っているかとか、どういう単語で検索すれば見つかるかということさえ理解しておけばインターネットで補うことが出来ます。

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それから、優先順位を付ける習慣とか、常に疑問を抱きながら自問自答するとか、自分なりの評価基準を作る(ネットの口コミに左右されない)とかを磨いていけば自然に頭の良い人になっていきます。これは、すぐには無理でも大学生活の中で意識して実行していけば確実に身についてくると思います。講義で優を目指すよりも、考える頭を作る方が就職した後まで役立ちます

だいぶ昔、出席しなくて良いと言われた講義を額面通りに受け取り、試験だけ出て単位を取ったことがあります。別に自慢話を書きたい訳では無く、試験が時事ネタを知っていれば書ける内容だったというただそれだけの話です。大学の最初に履修する教養科目というのは、科目によっては普段の生活が勉強になるので、試験にも応用できる訳です。

最近は、良くも悪くも凄く真面目な学生が増えているように感じています。良い面は素直であることで、それは非常に良いことだと思います。ただ、何の疑いも無くそのまま受け入れてしまう姿にはちょっと危うさを感じます。教科書や参考書をそのまま信じてしまい、現実の実験結果と合わない時に戸惑ったりします。実は、本と違う事例が見つかれば新たな発見になるのですが、本の記述が絶対だと考えてしまうようです。そんな訳で、頭の良い人になるためには、少し肩の力を抜き、自分の頭で考えるということが必要な気がします。


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伝え方の基本

自分の考えをどう伝えるかということは、学生に限らず社会人にも共通する課題だと思います。それだけ需要がある証拠に、書店ではたくさんの関連書籍が並んでいます。大体、興味と出版量は比例していてその本が役立つかはともかくとして、目立つ位置に置かれている印象があります。余談を挟むと、本の価値は出版後に決まり、古本になっても値上がりするような本であれば価値がある本と見て良いかと思います。一方で、100円で叩き売りされてしまう本もたくさんあって、ベストセラーの本は大体こういう運命にあるようです。

さて、「伝え方」についてですが、自分の場合は課題の発表会、卒論発表会、学会発表などを経験してきました。また口頭では無くても、ポスター発表(文字通り、研究の内容を1枚のポスターにして展示)があったり、研究費の申請書、起業計画書の作成にも関わってきました。

そこで共通するのは、聞き手もしくは審査員の頭に合わせて伝えるということです。これさえ強く意識しておけば、どうにかなります。例えば、卒論発表会であれば参加者の顔を思い浮かべます。研究室の中の発表であれば専門用語を使っても伝わりますが、複数の研究室が参加する場合は同じ学部であっても専門用語が伝わらない場合があるので、より分かりやすい言葉に置き換える必要があります。

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また、研究費の申請書の場合は公平に審査されるために、審査員が非公表の場合があります。でも、大体は大学関係者が入っているので、文系・理系に関わらずそういう人ならばどう読むだろうかと想像しながら書いてみると、普段の自分では思いつかない文章が書けます。研究の背景については、新聞とか雑誌などを引き合いに出すと伝わりやすくなります。それから、民間の研究助成の場合は企業や団体関係者が審査の中に入ることが多いので、より身近な言葉を使用した方が伝わりやすくなります。

そこで、難しい言葉の変換方法ですが、1度インターネットで専門用語を入れて検索して見て下さい。そうすると、その言葉の説明が色々と出てきます。それらを複数読み込んで、自分の言葉で整理してみて下さい。本来は、常に読書をすることが1番の近道で、読書によって頭の中に言葉を蓄積しておき、その中から言葉を引き出すのが最も良いのですが、急には難しいと思うのでそういう方法を提示しました。ただ、インターネットには間違った情報もあるので、そこの誤りを見つけられる程度の学習は必須になってきます。

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それから、生まれて初めて起業計画書を書いて気が付いたのは全く専門外の分野は、本を読んでもインターネットで調べても具体的な想像ができないことでした。当初は、何を調べて良いかすら分からない状況でした。そういう時は、その分野に詳しい人に聞くのが1番の近道です。しっかりとした実績のある人に聞ければ、より最高です。自分の頭の中で画が浮かぶまでになれば、表現は下手であっても相手に伝えるだけの文章になってきます。

とにかく、繰り返しになりますが「伝える」ためには、伝える相手の顔を思い浮かべることから始まります。


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単位のイメージについて

最近は、簡単にグラフを作成できるので、ちょっとした報告書などにも数値と一緒にグラフが出ています。ただ、このグラフというものが中々くせ者で、パッと見た時に印象を変えることがあります。下に適当に作ったグラフを載せてみました。どちらも、同じデータをグラフにしたものです。

グラフのイメージ

データを強調したければ右側を使用し(最大値が30)、逆に差のないようなことを示したければ左側(最大値が100)を使えば良い訳です。案外、軸の最大値まで見ている人は少ないのでちょっとしたことでイメージが植え付けられてします。

グラフの原則として軸の目盛を揃えるということが大事になります。最近ではエクセルなどのソフトが勝手にグラフにしてくれるので、そのまま載せてしまう人も多いのですが、軸の最大値がバラバラになっていたりします(おせっかい機能)。そのデータを見て差があると言って喜んでいても、軸の最大値を同じにしてしまうと、実は大した差の無い結果に見えてきます。もちろん、論文を書く場合は見え方が異なるだけで説得できないので、統計の力を借りて本当に差があるのか、無いのかを示す必要があります。

ここまで書いてきたことは、ごく当たり前の話です。ただ、ぱっと見た時のイメージは頭に残るので、それを使って何かを売りたいという人には便利な手段かもしれません。そういう部分に気が付くかどうかは、やっぱり日頃から意識をしておくかどうかだと思います。

それから、単位を活用してもイメージを作れます。例えば、ある水について「水素溶存量が3ppm」と書いてあったとします。これがどの程度の量か想像できるでしょうか?ちなみに、最近は論文の場合ppmという表記は使わずにmg/Lなどで示します。ppmは100万分の1という意味なので、1ppm=0.0001%になります。‥この辺で頭の中がややこしくなっているかもしれませんが、そういう単位があるという認識で読み進めて下さい。

だから、1リットルの水に水素が3ppm入っているという意味は次のようになります。水1リットル=1000グラム=1000000ミリグラムです。これの0.0003%で3ミリグラム=3ppmとなります。正直、このような微量な成分で体に影響があったらとんでもないことになる訳です。料理本を見てもらうと分かりやすのですが、砂糖5ミリグラムなんていう表記は出てきません。何より、家庭用のはかりの精度ではとても測れない重さです。

また、1グラム(g)と書くよりも1000ミリグラム(mg)、1000000マイクログラム(μg)と表記した方が多く見えますが、要は同じことを言っています。ともかく、話を戻すと、わずか3ppmの成分で体が元気になる?とい体質の人は、桁違いに砂糖などが入っているジュースを飲んだらどうなってしまうのでしょうかという話です。試しに、ミネラルウオーターで検索して単位をグラムかミリグラムに換算してみて下さい。いかに少ないかびっくりすると思います。そうすると、数値を調べるだけでもイメージで構成されている商品かどうかが分かってきます


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楽をして稼ぐ方法?

最近、本屋に行くと「○千万円を簡単に稼ぐ方法」とか「△億円を稼いだ人が書いた法則」のような本を結構な割合で見かけます。パラパラと中身を読むとインターネット関連が多い感じがします。インターネットオークションくらいならばともかく、ねずみ講的な話も出てきます。

確かに、仕組みや考え方を売るというのは大勢を対象にしていれば効率は良く、本当に困っている人は大金を支払ってしまう訳で、儲かるというのは理解できます。ただ、そうやって儲かるのは考え方を買った人ではなくて、売った側です。

何よりも、そういう情報というものがインターネットに掲載されていることのコピーという可能性もあります。本当に役立つ情報というのは「人」を介さなければ入ってこないことばかりです。ごく稀にインターネット上にヒントになるような話が掲載されていたとしても、大半は誰かが消費した後の搾りかすのようなものばかりです。

こういう話題を書いたのは、このブログを公開したと同時に営業電話が来たからです。たまたま電話に出れなかったので番号をインターネットで調べたら、有名な迷惑電話の会社でした。残念ながら儲かるのは顧客では無くて、電話をしてきたその会社です。この辺は、最初に書いたインターネットで情報と称するものを販売している人達とそっくりかもしれません。

普通に考えて、儲かる情報を教えるでしょうか?本当に儲かるんだったら黙っているのが人間らしい気がします。とは言え、溺れる者は藁(わら)をもつかむということで、何かにすがりたくなってしまうのも人間の弱い部分かもしれません。

自分も、大昔、スロットやパチンコに勝てるようになるという雑誌に出ていたブレスレットを購入したことがあります(我ながら、バカでした)。当然、買ったから当たるはずも無く、むなしい気分だけが残りました。それが、こうして文章のネタになったので、今となってはそれで良いのかと思います。

ともかく、世間にあふれている「情報」を見分ける目を養うことで、そういうことはだいぶ防げるはずです。情報を見抜く目を養うには、やっぱり自分自身が勉強をして、人との繋がりを作るしかないと思います。それでも、勉強の方法とか、人との付き合い方についてはコツがあります。このサイトでは、たまにそんなことを書いてみたいと思っています。


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