「モノの見方、考え方について」カテゴリーアーカイブ

インターンとの対話

今、出身地・宮城県山元町の団体にインターンが訪れています。今日は、インターンの2人と3時間くらい話をしていた‥ようでした。あまりに幅広く話をしたので、自分でも忘れてしまっているのですが、こんなことを話しました。

①伝える意味
伝えたい書類や企画は読む人、審査する人の頭に合わせる。なぜなら、相手が理解できなければ、伝わらない。自分でいくら良いと思っても意味を成さない。そのためには、言葉を選んだり、図表や数値など表現方法を様々に試す。こういう考え方は茶道のもてなしにも似ていて、もてなす相手のことをどれだけ考えられるか、想像できるか、調べられるかという地道な作業が必要。

②旅スク山元(写真と文章を学びながら1泊2日で山元町のひとを取材するツアー)のこと
どんな意図があったのか、準備、これからの展開などを紹介。冊子が完成して終わりではなくて、参加者の交流、山元町との関わりが続くことが目的であることを説明。ちゃんと来てもらえる価値を提供できるかどうかが大事。

③スマホを持たない理由
大多数に合わせることは楽だけど、それが当たり前になると疑問を持たなくなるから。不便なものがあると、どうすれば解決できるかを考えるようになる。疑問を持つことが大事。平均に埋もれる生き方も楽(みんなと同じだから浮かない)だけど、平均から思いっきりずれた生き方(競合しない)も楽。

④本の読み方
専門書はあまり読まない。読書に対する苦痛は無くて、本の1冊1冊が新しいゲームソフトで、読書はゲームをしているような感覚。本を読んでいて気になった事例や人物が出てきたらそのことに詳しく書いてある本を読む→また新しく気になる→また別の本を読むことの繰り返し。突発的に読みたくなる本もあるけど、リンクをたどるように本を読むと知識の点が面に変わる。

⑤物事の進め方
1つのことを順番に進めるのではなくて、全て同時進行。3つとか5つくらいの案件を同時に。ただ、全てに同じ力を使う訳ではなくて、大事な部分では多くの時間を割き、軌道に乗れば確認程度で、あまり時間をかけない。進捗に応じて力配分を変えていく。

⑥どんな未来がいいのか
それぞれが自分自身の頭で考えて、実際に行動(どんなことでもいい)できる人が1人でも多く増えること。後は、それぞれが動いていけば、自然に未来となる。何が生まれるかは、それぞれが考えればいい。一緒に動くことで新たなことが生まれる可能性もあるし、それもそれぞれの考え方次第。結果として、面白くなっていればそれでいい。こうあるべきが強くなるのは怖い(他者が許せなくなるから)。

⑦数値目標の設定
求められれば設定はするけど、そこには縛られない。設定は、だいたい達成できるだろうという数字にしておく(報告書用)。理由は、自分が思った通りに進むのはつまらないし、そうならないことが普通だから。反省は多少するけど、ふり返ってみて得られた結果を大事にしたい。

⑧仕事について
転職という考え方はあまりない。仕事の比率が変わるだけで、「ABC」という案件3つの仕事があるとして、Aが終わり、新規にDが入れば「BCD」という仕事に変わるだけ。結局は人との信頼関係。頼まれた仕事があった場合、面白そうじゃなくてもやってみたければ、頼まれた範囲内でやりたいように修正して実施する。本当に面白そうでなければ、得意な人に回す。面白いと思った内容ならば更に面白く足す。

⑨自己評価について
自分の評価は難しい。でも、ある程度の立ち位置を知っていないと徐々に辛くなる。自分を過剰評価→評価をしてくれない相手を避けてしまう。自分を過小評価→自信が持てないから相手にも不安がうつるし、消極的な思考になる。

⑩考えるための資料について
ダメな事例をたくさん集める。いい事例には裏のある場合が多い(多少の疑いを持つ)、もしくはマネできない特殊な事例が多いため。でも、マネできるところは積極的に活用する。ダメな事例を集める理由は、どう改善すれば良くなるかを考える過程が勉強になるから。

⑪当事者になることについて
自分が当事者になれば、何とかしようと本気で考える。でも、どうせ仕事だからとか、自分のお金じゃないからと行動すると、中途半端になるし、効果も生まれない。

⑫思考法について
日々の会話や読書、経験が原酒(ネタ)の仕込み。10年前に仕込んだものと、最近仕込んだネタが合わさって新しいウイスキー(企画)が生まれる感じ。見た目は急に思いついているようでも、実際は熟成とブレンドの過程がある。忙し過ぎて仕込みができないと原酒が枯渇して、新しいウイスキーが出せなくなる。枯渇してしまえば、能や歌舞伎のように型で生きることになる。そういう選択肢もアリだけど、自分はそういう選択肢は選びたくない。よく、講演ばかりしている人が型に縛られる傾向。慣れていて話は上手だけど、話の中身が変わっていない。

⑬ゴーン被告(今、思ったこと)
変装が面白い。凄く気になる。

‥などなど、たぶんこんな話をしていたのではないかと思います。

書類数枚で出来ること

今日は書類づくりをしていました(現在進行中)。自分で完結することならば先週で終わっていたのですが、ちょっとした流れ作業になっていて鮭(書類)の帰りを待っていたところでした。今日、ようやく鮭が帰ってきたと思ったら、明日と言う締め切り付きの鮭でした。

誰が放流したと思っているんだ!‥と帰ってきた鮭に激怒しても仕方ないので、締め切りに間に合うように淡々と文字を刻んでいました。

その合間に、この文章を書いているくらいなので今日中には十分終わります。夏休みの宿題ならば1人の問題で済むのですが、複数が関わる書類だと後に続く人の作業に響いてきます。

書類の枚数と助成額

これまで、今日のように、様々な申請書類を書いてきました。

例えば助成金。

申請先によっても異なるのですが、助成額の割に添付書類の作成が大変なところもあれば、逆にこんな枚数でこんな多額の金額を助成しているのかと驚くこともありました。書類に費やした時間と助成額は比例しないものだとつくづく感じました。

特に、行政が申請者となり、国や県に出す書類は多額な金額の割にはずいぶん枚数が少ないと感じていました(色々なサイトで見ることができます)。それなのに、地方では建物をつくる公共事業と比べて、ソフト分野の公共事業は少ない印象がありました。

地方だからと言ってソフト事業が不要な訳でもなく、あちこちの省で様々な事業が公募されています。と言うことは、どこかには資金が流れているはずです。

色々な事業の委託受け先を見ていって気付いたのが東京にあるなんとか総研とか、大手の旅行代理店とか有名どころの名前が出てきました。

結局、地方向けのソフト事業と言っても、結局は東京に資金が動いていました。地方を活気づけるはずのお金が東京の人口増加の要因になっているという皮肉な構図がそこにありました。

ただ、あまり安易な視点で単純化しない方がよい話題なので、そういう傾向があるというくらいに留めておきたいと思います。

何とか総研と地元総研

自治体は数枚の申請用紙を提出すれば格段に高い確率で支援が決まります。当たり前ですが、決定と同時に自治体の仕事量も増えます。仕事を増やしても給与が変わらないならば、仕事を増やしても仕方ないと考えるのは人の常なので、提出を渋る方が自然かもしれません。

でも、その事業は全て自治体で実施する必要はなくて、委託することができる事業だったりします。ここで、東京の何とか総研に出すんじゃなくて、自分の地域総研に仕事を出してみたらどうなるんだろうと想像してみました。

「うちの地域にはそんなシャレた団体が無いから東京の団体に頼んでいるんだ」という意見がたくさん出てきそうですが、「無いならば作ってしまおうホトトギス」という名言(ウソ)があるように、作ってしまえばいいと思います。

実際は、地元総研があるのに行政の担当者が知らないという場合も多いと思います。

で、地元総研があることで何が変わるかというと、今まで地域に求人の無かった仕事‥例えばデザインとか‥が新たに生まれます。仕事があれば働いてみようというのが人情なので、その地域の出身者や新たな人が来るはずです。

話をすごく簡略化しているので、夢物語のような仕様になっていますが、これに近いことは起きると思います。

何でもその地域に囲い込めと言っている訳ではなくて、例えば地方創生に関わる事業費の半分程度を、地元の団体にソフト公共事業として委託するだけで変わるであろう世界の話でした(助成金の是非は色々な意見があると思います)。

自分自身がこの夢物語に近い部分を経験しているので、そうなるだろうという根拠もありました。最近、やたらアンケートを迫って来たのが東京の何とか総研だったので、どうせお金を使うならば地域で本気で頑張っている団体に使って欲しいなと思った次第です。

ひとと出会う週間

最近は記事の投稿がおろそかになっていましたが、雑草に関わる相談を受けたり、地域づくりの企画や冊子の校正など色々なことをやっていました。

近況

数日前は雪に囲まれた事務所でレトルトカレーを食べ、日がな一日読書をして沈黙の時間を過ごしていました。その反動か、今週は色々な方と出会えてとても楽しい時間となっています。振り返ってみると対面での会話は数年ぶりだったりして、ネット上では活動が分かっていても、実際に会って話を聞かないと分からないこともたくさんあって、とてもよい刺激になっています。

振り返ってみると対面での会話は数年ぶりだったりして、ネット上では活動が分かっていても、実際に会って話を聞かないと分からないこともたくさんあって、とてもよい刺激になっています。

今日は、お会いした方と共通の知人の話になりました。その知人は、自分より格段に若いときにそのままの年齢で止まってしまい、過去を振り返ることしかできない存在となりました。それだけでも時間の移ろいを感じます。

自分自身、2015年くらいからやってきたことは、当時の記録を見ないとすっかり忘れていて、あまり振り返ることも無いのですが、会話をしながらその頃のことを思い出しました。

ひょうたんを育てていた頃

過去を振り返る中で、今日お会いした方が「大学でひょうたんを作っているひとがいる」ということを知人から聞いていたそうです。それは誰とも間違いようがなく自分のことなのですが‥確かに、ひとが一生の間に生産するであろうひょうたんの数百倍くらいは育てていました。実際は義務教育にでもしない限り、ひょうたんを育てることの無いままに人生を終えるひとの方が多いと思います。

当時、近所のホームセンターで種を買い、大学の温室で苗を育ててから移植、土づくりや害虫の防除などを毎年やっていました。最後の方は、落ちた種から勝手に生えてきたひょうたんを土の上に這わせる自然栽培のようなこともやっていました。

あそびと意味付け

ひょうたんづくりは完全に遊びだったのですが、誰かの記憶に残り、さらに数年ぶりの会話に出てきたことで報われた感じがしました。最近は、ひとり文化事業の「どんぐり博物館」という冊子をつくったり、空想求人を考えたりしていたのですが、その辺も、後々の時間に何かの影響を与えていくのかもしれません。

ただ、これらは意図的にやっている訳ではなくて、単に自分自身が面白いからやっているといます。結果として何か意味を持てば更に面白いとは思うのですが、何も起きなくたってそれはそれで全然いいかなと考えています。

デザインの力

最近、勝手に博物館事業を開始したのですが、デザインというのはともて広い範囲の言葉だなーと感じています。

デザインの範囲

狭い範囲では文字や写真の選択とか、かたちや色を決めていく作業なのですが、範囲を拡大すれば地域づくりとか社会の目指す方向性なんかもそれに入るみたいです。たまに聞くコンパクトシティなんかもそんな領域に入るのだと思います。

デザインは正解の無い分野ですが、たまにヘタなデザインは休むに似たりでいっそ何もしない方がいいのかなと思う場合もあります。もちろん専門に勉強している人は一味違うのは間違いないのですが、たまに見る農協の看板(流行語を織り交ぜたもの)にも非常に心を揺り動かされたりします。

デザインの力

現在、募集中のやまうち農園さんのインターンについてはデザインのちからを求めています。どちらかというとより狭い範囲のデザインなのですが、ここでの体験はより広い範囲のデザインを学ぶ上で、とても役立つことが多い気がしています。

それが実際の現場に触れ、地域を訪れることの意味だと思います。デザインを介すれば、見えていなかったものに気付いたり、既にあったものの捉え方が変わっていきます。

デザインとは、思考法のひとつのかたちかもしれません。だから、専門とかあまり気にせずに挑戦してもらえたらと思っています。

こちらの案件についてはおひとりの方から問い合わせを頂いています(ありがとうございます)が、引き続き募集中です!

ゆったりした日々

気が付けば、久しぶりの投稿となりましたが、淡々と毎日を過ごしていました。

日常

ちょうど報告書関係の提出・確認が終わり、一番のんびりできる時期になっています。

ずっとのんびりという訳でもないのですが、これまでと比べれば何もしていないに等しいくらいゆっくりとしています。幸せの青い鳥が来ないかなと、事務所前の鳥を観察していました。

それでも11日、南相馬市の移住担当課のみなさんが山元町に来て頂き、色々と意見交換をさせて頂きました。共に目指す方向がとても近く、楽しい時間でした。

さらに、取り組みを理解できない層(世代の違い?立場の違い?)の存在も全く同じで、人は体験するか想像できる範囲でしか価値を認められないのかもしれません。

足元の観察

まあ、足元の価値は気が付きにくいものなので、常に感性を磨き続けなければいけないのかもしれません。日々勉強ということで、足元の観察をしてきました。

山の濃淡ある緑色に流れる紫のフジの花があったり、フキが群生していたり、コケ、山椒、オトギリソウ、わらびなどが生えていました。こうして巡ると、足元はとても豊かなことに気が付きます。そして、国道沿いには個性的な建物もありました。

草(野草、山菜)を売り、草コイン(仮想通貨の中でもゴミに近いコインを指すらしいです)を買って1億円くらい稼げば面白いんじゃないかとか、バカなことを考えていました。

読書

あとは、空いた時間で本を読んでいました。今読んでいるのは『応仁の乱』の二番煎じで出版された?『観応の擾乱(かんのうのじょうらん)』を読んでいます。

室町幕府初期の足利家の親類を中心とした喧嘩の話です。著者の解釈の正当性を強調し過ぎなので、『応仁の乱』と比較するとちょっと読みにくい感じです。

美意識を考える

この前、事業のパンフレットのイラストでお世話になったuwabami(ウワバミ)のムトウさんに勧めて頂いた本を読みました。

本と余談

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?という題で、光文社新書から出ています。ちょっと横文字が多くてルー大柴の口述筆記のような部分もありましたが、その点を差し引けば、面白い視点で書かれた本でした。

少し余談を書くと、個人的にはあまり横文字・カタカナ語や業界用語を使わないようにしています。もちろん、「外来種は絶対ダメ!」とか「有機栽培万歳!」というような過剰な信念によるものではなく、伝える手段としての言葉を大事にしたいと考えているためです。

特定の人にだけ伝わればいいという考え方もあると思うのですが、あえて発信するならば、出来るだけ多くの人に伝えたいと考えています。同時に、「難しいことは分かりやすく、分かりやすいことはもっと分かりやすく」伝えたいとも考えています。

専門家の話だから難しい・分からないというのは妙な話で、分かりやすく説明出来ない人は、真の専門家ではないように思えます。結局、分かりやすく説明するというのは、物事をちゃんと理解していて初めて出来ることだと思います。

以前、横文字だらけの助成金の応募要項があり、全てを書き換えて理解し直した経験がありました。あそこまでひどい要綱は滅多にないのですが、日本語なのにあまりにも意味不明だったので、記憶に残っています。

要点

話を戻します。本の要点は「アート」、「サイエンス」、「クラフト」の3つのバランスを取りましょうということでした。「アート」は感性・美意識、「サイエンス」は理論・数値、「クラフト」は現実・検証と置き換えれば良いと思います。

今の日本の組織では理論・数値>感性・美意識になっていて、もっと完成や美意識を大事にしましょうとのことでした。いい視点だなと感じました。もちろん、それぞれのバランスが大事なので、どこかの要素が過剰になれば極端なことになると思います。

元々、研究に従事してきた背景があり、つい理論や数値を優先してしまうのですが‥感性や美意識をもうちょっと意識しようと思いました。ついでに、「偏差値は高いけど美意識が低い人に共通しているのは、学歴の割に文学作品を読んでいない」という指摘が面白いなと思いました。

個人的に‥「まちづくりに関わる人は、食事に対するこだわりの少い人が多い」ような気もするのですが‥気のせいかもしれません。でも、どうせ1度の食事ならば、美味しいものを食べて楽しい会話をしたいと思います。

謎だけど楽しい生き方

最近、いろいろと縁があり取材を受ける機会が続きました。その際、何者であるかということを一言で表せずにどう伝えればよいかと考える機会となりました。

今の生活

現在、出身地である宮城県山元町ともう一つの居住地である栃木県宇都宮市を行ったり来たりしています。元々、滞在期間は半々の予定だったのですが、最近は仕事の関係で山元町で過ごす割合が増加しています。

では、何をしているのかということなのですが、山元町では『山元の未来への種まき会議』という震災後の2013年7月から始まったまちづくり団体の事務局をしています。こちらの事業は宮城県から助成を受けており、この助成金から給与を頂いています。

一方で、長く農学部に居た経験を活かし、農家さんの相談ごとを受け付けるコンサルタントのような仕事もしています。ただ、こちらは今のところ現金として得られる収入はわずかです。その分、米や野菜などの現物を頂いています。

給与から現金を得つつ、一方で現物を得ながらの生活となっています。米や野菜も結局は現金で購入することになるので、結果的には現金でもらっていることに近いかもしれません。

現金と現物

以前も、現金と現物について書いたことがあります。重複するかもしれませんが、全て現金という形でもらわなくても生きるということを最優先に考えれば現物も非常に助かります。

ただ、現物の場合は日持ちがしない(特に野菜)などの欠点もあります。それでも、さらに知人に分ける(再分配)ことで、お金とはまた違った活用方法があります。今は、比較的現金と現物のバランスは比較的取れている方だと思いますが、もう少し現金の割合を増やせればと考えています。もちろん、何事もバランスだと思います。

一方で、今の時代に現金収入は必ず必要なものです。よく自給自足の生活と言いますが、よっぽどの覚悟が無い限り現金無しの自活生活というのは困難であると思います。さらに、現金があることで自由に使える時間も生まれてきます。

例えば、交通機関です。節約をしようと思えば青春18きっぷを活用して移動すれば格安ですがその分時間はかかります。一方で、新幹線は快適で素早い移動が可能ですが、お金が必要となります。時間は誰でも平等なので、時間を節約するという際には現金の力が生きてきます。

複業

世間一般的な職業といえば、公務員、会社員など一言で説明の出来る職業に就いている方が圧倒的に多いと思います。少なくてもこれまでの時代はこちらが主流でした。しかし、これから先も同じような環境が続くかは疑問です。

先ほど、地域団体の事務局と農業についてのコンサルタントをしていると書きましたが、それ以外にも細々とした仕事があり、その都度対応しています。複数の仕事という意味で『複業』という表現が妥当かと思います。

そのため、外からは何をしている人か分からないということになるようです。自分で振り返ってみても面白いと思うのですが、頭脳作業を中心とした便利屋みたいなことをしています。大学で雑草を15年ほど研究していた経緯もあり、雑草のことを聞かれればそれについて答え、文章のまとめかたやパソコンの使い方を問われればそれについて答えるという感じです。

これから

今は自分の生活を維持することでギリギリの状態ではあるのですが、今後、色々な才能を持った方々と一緒に面白いことを作り上げていければと考えています。具体的には、地方と都会を行ったり来たりしながらそれぞれが必要としている仕事をこなしていければと思っています。

会社という形態が一番ふさわしいかどうかはまだ思考中なのですが、これだけインターネットや交通網の環境が整っている時代なので、場所に囚われず、組織にも縛られずにそれぞれの才能を生かせる場の提供、仕組みをつくれないかと考えています。

とにかく、面白いということは一番大切な要素だと思います。様々な事例を調べていると、創成期は開拓者精神で進めて日々が楽しいことにあふれているのですが、徐々に組織や世間という壁などにぶつかりだし、挫折したりする傾向が多いようです。

組織論や会社論の本は今でもたくさん出版されているくらいなので、その問題は永遠の課題かもしれません。一つ、自分自身が経験して思ったことは、まず個人がしっかりと得意分野を持ち、積極的に楽しみながら動くことが第一歩だと思います。その中で出会った人と組んで仕事を成し遂げていくというのが一つの理想かもしれません。

そこから組織や会社に発展するのだと思いますが、面白さを維持するためには、常に新しい分野に挑戦するしかないかもしれません。組織論については、まだ自分の中でも明確な答えは見つかっていないので、それはいずれ改めて書きたいと思います。


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二拠点生活

現在、出身地である宮城県山元町に滞在中です。最近は、色々な生き方が出来る時代になったとしみじみ思います。今の生活を変えたいと思っている方のきっかけになればと思い書いてみます。

二拠点生活の中身

自分の中の理想としては、1ヶ月のうち半分を宮城県山元町で、残りをもう1つの拠点である栃木県宇都宮市で過ごしたいと考えています。

山元町では、地域づくりに関わる任意団体の事務局をして、宇都宮市では、都内~関東圏を主な対象として農業に関するアドバイザーのようなことを出来ればと考えていました。

山元町に関してはほぼ理想通りの生活になっています。ただ、色々な案件が細切れで入って来るので長期の滞在となる場合があります。一方で、宇都宮の方ではどちらかというと頭の中身の充電(読書、人と会って会話する)が中心となっており、たまに都内にも行くのですが、もう少し現金を得られる仕事として成立させる必要性を感じています。

なぜ二拠点生活か?

よく聞かれる質問なのですが、結果的にそうなっていたというのが正直なところです。元々、宇都宮市には仕事の関係で住んでいたので、必ずしも住むことにこだわる必要性はありませんでした。

いざ引越しとなると腰が重くなったり、知り合いが出来たり、通う飲食店が出来たりしているうちにそのままでもいいかと思うようになりました。ちょうど宮城と都内の中間(どちらかと言えば都内寄り)という環境も都合がよかったというのも理由の1つです。

飛躍いくら便利な世の中になったとは言え、東京には情報が集まってきます。また、博物館や美術館が多数あり、頭を刺激するために必要なあらゆるものが揃っています。東京は宇都宮からは鈍行を利用しても日帰りできるので、便利さに惹かれている部分もあります。

宮城についてですが‥確かに長く居ればそれだけ地元との関係も深まるし、新たな出会いなどもあります。しかし、別荘地に住んでいるようで頭が少し動かなくなるかな?という危惧を抱きました。自分の頭の中を使って行う仕事が多いので、そうなると致命的です。

また、人との関係も『縁』と呼べるうちは良いのですが、『しがらみ』となってしまうと少々重くなる気がしていて、それぞれの地域の良いところ取りをした結果が今の二拠点生活となっています。

仕事のかたち

冒頭に色々な生き方が出来る時代になったと書きましたが、書類作りであればパソコンとインターネットがあればあまり場所を選ばずに仕事が出来るように感じています。

一方で、その便利さ故に人と人との関係性がやや希薄になっているようにも感じます。パソコンとインターネットはあくまでも道具であり、手段に過ぎません。結局、その先には人と人という生身の存在がいるので、そこの部分は忘れてはいけない要素だと思います。

キーボード打ち込み行ったり来たりの生活といっても、滞在型なので1ヶ所に2週間程度はずっといます。交通費の節約という意味も大きいのですが、じっくり滞在することで土地の空気感や人との付き合いの密度、思考の共有など様々な面で利点があります。

以前は数日単位で行ったり来たりしていたのですが、空気感があまりつかめず、電話やメールでも補え無い部分を肌身で感じていました。また、スカイプなども便利は便利ですが、やはりあくまでも道具の1つなので実際に人と会うことが一番大事だと考えています。

さいごに

まだ確定はしていないのですが、今後、地域で生きてみようと考えている方のサポートに関わることになりそうです。仕事は人伝いにやってくるという気がします。もちろん、自分で仕事を創り出すという行為は大切なのですが、全ては日頃の人との付き合い方に左右されると感じています。

一時期、どう生きるかということで相当悩んだ日々がありました。今も、完全に解決した訳では無いのですが、少しでも行動していればどうにかなると思って毎日を過ごしているところです。


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地域おこし協力隊の待遇

地域おこし協力隊についてのサイトがあったので、出身地である東北の募集を見てみました。以前に書いた記事と重複するかもしれませんが、気になったので改めて書いてみました。

給与

・宮城県柴田町(16万6000円、健康保険、年金保険料は自己負担 )
・山形県河北町(16万5000円、社会保険料等含む)
・福島県金山町(16万円、12~3月は暖房手当て2万円)
・岩手県普代村(16万7500円、社会保険料は差し引く)

などなど、上記のようになっていました。

仕事の内容①

【宮城県柴田町】
1.柴田町まちづくり推進センター運営支援
2.地域活動の提案と実践
3.地域イベントの推進
4.ふるさと納税返礼品開発
5.まちづくり会社設立準備支援
6.地域の情報発信
7.その他町長が必要と認めた活動

【山形県河北町】
河北町の花「紅花」を活用した特色ある農業の活性化、地域づくりのための総合的な業務
⑴ 紅花の通年栽培の研究
⑵ 紅花を活用した商品の研究開発
⑶ インターネットを活用したホームページ、SNS等の管理運営
⑷ その他、地域づくりのための必要な業務

仕事の内容②

【福島県金山町】
金山町内の地域の活力維持と活性化に向け、委嘱を受けた後に研修先で農業の基本的な技術の習得を目指し、将来的には1人前の農業人になっていただけるように研修を受けていただきます。研修先での活動に加えて、次の地域支援活動に主に従事していただきます。
(1)農林水産業の振興支援活動
(2)地域の生活環境維持に係る支援活動
(3)地域行事等地域コミュニティの支援活動
(4)奥会津五町村(柳津町、三島町、金山町、昭和村、只見町)の地域おこし協力隊と連携
し、各町村のイベントへの参加、広域での地域おこしの検討、隊員同士の研修会や交流
会の実施
(5)その他、町内の地域振興に資する活動

【岩手県普代村】
(1)観光振興分野
「みちのく潮風トレイル」や「国民宿舎くろさき荘」などの観光資源を活用した観光ガイドの実施及び発掘・育成、村の観光資源を活かした滞在型観光に向け たプログラムの開発、交流人口の拡大や関係人口の構築に資する観光PRを関係団体や地域住民と協力しながら多面的に観光振興を進めていただける方。
(2)高齢者福祉分野
地域の高齢者の生きがい活動の活性化や高齢者活動サロンの開設、高齢者の見守りや支援活動を関係団体や地域住民と協力しながら多面的に高齢者福祉対策を進めていただける方。
(3)地域振興分野
モデル小規模集落「萩牛地区」において、集落支援や集落住民の生きがいづくり、地域資源のブラッシュアップに取り組みながら、モデル地域として他集落へ波及させる取り組みを関係団体や集落住民と協力しがら進めていただける方。
*萩牛地区は、20数世帯、40数名程の小さな地区でかつて「割沢鉄山」があり繁栄しました。
この割沢鉄山の沢水を使用してできあがるのが「鉄山染」。鉄反応に寄る独特の鈍い色合いが若い女性にも人気です。

給与と仕事のバランス

正直、この給与でこれだけの仕事を求めるのは妥当なのでしょうか?あまりにも、求めすぎだと思います。まして、任期付きの仕事の上に、任期後には定住を求 めるという相当無茶な条件なのに、役場職員よりも低い待遇というのはどうなのでしょうか?

札束助成金事業の弊害なのか、募集さえしておけば誰かが都会から助け に来てくれるという発想なのでしょうか?都会ですら仕事の出来る人は中々見つからないのに、地方で人を呼ぼうと思えばそれなりの待遇をするのが当然だと思います。

いっそ、役場の職員を地域おこ し協力隊に回し、抜けた仕事を都会から来た人に任せてみると良いかもしれません。まずは、その人の知識、能力、経験に費やした投資と時間に対して、正当な 対価を払うという意識を持つ必要があると思います。

‥とは言え、自分は募集対象となる三大都市圏にも住んでいないし、免許も持っていないので関係無い話なのですが。あまりにも、地域おこし協力隊に求める経験・能力と給与の差が激しいので、憤りのままに書いてしまいました。縁もゆかりも無い地域を支援しようと頑張る人には、それなりの待遇をして欲しいと強く思います。


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やらない力

一時期のブームは去りましたが、『〇〇力』と題した本が大量に出版されていました。ここでは、『やらない力』と題して書いてみようと思います。

何かをしたい!

最近は、出身地・宮城県山元町でまちづくり団体の事務局に関わる機会があり、色々な人とお話をさせて頂いています。そうすると、多くの方が何かをしたいという強い想いを抱いています。

この想いはとても大事なことである反面、時には厄介なものとなるような気がします。何かを新たに始める際には強い想いが動機となります。何かをしたい想いは、自動車のガソリンのようなものかもしれません。

飛躍一方で、ガソリンがあふれてしまい車が炎上してしまう可能性もあります。このため、ガソリン(想い)を適度に消費しながら加速、前進をしていく必要があります。

想いと行動

ところが、想いを形にする、具体化するという段階で多くの人は立ち止まってしまいます。想いの大半は想いのままで留まり、口では言うのかもしれませんが、形にはなりません。

やはり、行動者や当事者になることに抵抗のある人が多いようです。実際、当事者になれば様々な責任が出てくるので、想いをすんなり形にすることは難しくなります。

一方で、行動している人に便乗して自分の想いを乗せてくる人がいます。誰かにやらせようという人も出てきます。もちろん、対価としてお金を提供するとか、自分で出来る何かを支払うのであれば問題ないのですが、単なる評論家になってしまう場合があります。

そうすると、想いが悪意や嫉妬になってしまい、行動をしている人の足を引っ張ることになってしまいます。

出来ないことを知る

その解決策は案外簡単で、自分では自分の想いを実現できないことを知ることです。知った上で、想いを断念するか、諦めきれなければしっかりと対価(お金、時間、労働など)を提供して誰かに頼むことです。

ところが、自分では出来る、やっている(つもり)という人は自分自身を客観視することが出来ません。誰か実行した人を賞賛・応援するのではなくて、あれは自分が考えていた、自分が考えていたことを横取りしたという思考回路が働いてしまいます。

そのような思考回路では永遠に想いは形になりません。では、どうすれば自分を客観視し、出来ないことを理解することができるのかということになります。

比較する

手っ取り早い方法として、自分がやりたいことを実行していると思える人と今の自分を比較することだと思います。比較をすることで、今の自分に足りないものが見えてきます。

足りない部分を勉強で補うことも良いし、誰かに相談して補うことでも良いのですが、足りない部分に気が付く必要があります。

定規どんな分野も二流、三流ではなくて一流に触れる必要があります。一流には一流なりの理由があります。そこから自分の状態を見れば、今の自分が二流なのか三流なのか、それとも圏外なのかが分かるはずです。

自分の今の位置を客観視するというのは、とても辛いものですが、現状を理解しないと永遠に夢追い人になってしまいます。

削る!

自分のことを客観視できるようになれば、やりたいことはたくさんあっても、今は出来ないこと、これから先も出来ないことなどが浮かび上がってきます。

そして、素直に出来ないことを削っていくことが必要です。やりたいことを増やすよりも遥かにつまらないし、辛い作業ですが、削る作業をすることで気持ちも、体も楽になります。

やりたいことをたくさん抱えて、何も実行できない人をよく見かけますが、周囲から見ると案外むなしいものです。それに対して、何か1つでも特化して実行している人は凄いなと素直に思ってしまいます。

走るそのような訳で、何かをやろうと思ったら、まずは想いを削ることから始めることをオススメしたいと思います。そして、どんなに小さなことでも想いを形にする行動をして欲しいと思います。そうすると、不思議なことに意外な所から助けてもらったり、情報をもらったりすることがあります。

行動しなければ、どんなに素晴らしい想いも頭の中でのシュミレーションゲームにしかなりません。


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現金収入と現物収入

先日(2016年9月2日)、ちょっとした作業の手伝いの報酬でナスとキュウリをもらってきました。

報酬

作業と言ってもパソコン画面でラベル印刷という部分をクリックする程度のもので、全然難しくないものでした。こういう程度の内容でも誰かの役に立てることがある訳で、こちらとしても良かったなと思って帰ってきました。

都会だと『報酬=お金』となりがちですが、地方だと野菜とか果物をもらったりします。この前は米をもらいました。

もらった野菜今の時代は資本主義なので、電力会社への支払いを物納で済ます訳にもいかずどうしても現金が必要となるのですが、『生きる』ということを考えれば食料は立派な報酬だと思います。もちろん、現金収入と現物収入はバランスだと思います。

現物収入を増やす方法

現金収入を増やす方法はかなり昔から書かれていると思いますが、これからは、現物収入を増やす方法に注目が集まるかもしれません。

畑の地面を撮影してきた写真があるのですが、巨人の国の野菜のように大きくなったキュウリ、ナスが転がっていました。土に還る日を待っているのですが、人間の口に入れば立派な食 料としての生き方があった訳です。

落ちたキュウリ何が言いたいかというと、報酬が取り放題ということです。現金は落ちていれば拾うかもしれませんが、野菜は放置されています。

昨日は、畑からキュウリ狩り、ナス狩りをして直接袋に入れてもらってきました。モンスターやポケモンの狩りと違ってとても地味な狩りなのですが、ナスのトゲの凶暴さを改めて感じました(ナスには、いつでも野生に戻るという雰囲気があります)。

落ちたナススーパーで買えば野菜のトゲも分からないし、そもそも葉の形も花 の色も分かりません。都会の子の多くは、畑すら見る機会の無いままに成長しているらしいのですが‥実際の畑を見て、自分で収穫した野菜のトゲに刺され、その野菜を食べるという経験は現金では得られない報酬になるんじゃないかと思います。

現物報酬を増やすには、現場(畑でもいいしデザインなどでも良い)と接点を作ること、そのためにもネットから現実に割く時間を増やすことが大切だと思います。

現物+体験

都会の現金が、経験を学びに行った子ども達経由で地方に移動し、その対価として現物(野菜)と体験を交換出来ればいいのにな‥ということを考えていました。

今は、インターネットを使って数日待てば世界中の商品が届く時代なのですが、その商品のもっと奥が伝われば良いのにと思ったりもします。

実際、緑茶一つにしてもお茶の部位、栽培している畑によって味が全然違うのでブレンド次第で色々な味になります。完成品を買ってしまえば美味いか不味いくらいしか言いようが無いのですが、ブレンドに立ち会うとモノ創りの奥深さに触れることができます。

現金と現物のバランス

考えはやや飛躍してまだ、まとめにくいのですが、現金と現物収入のバランスの取れた生活はきっと充実しているし、楽しいだろうなと思います。自分の中でも、まだその辺のバランスの取り方は試行錯誤中です。

ことさらバランスを強調するのは、『拝金主義』も『自給自足の生活』も極端過ぎて、自分には合わなそうだなと思ったからです。『里山資本主義』とか、『スローライフ』という言葉も自分にはちょっと過剰な気がします。

横になる犬適度に買い、もらい、贈り、獣(犬とかネコとか)をいじるくらいの生活が合っている気がしています。何事も自然体で過ごすことが出来ればと思っています。


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水面下のバタバタは大切

何でも忙しくなると、現場から離れてしまうことがあるので、現場だけは大事にしようと思って過ごしています。

直接見聞する

現在(2016年9月1日)、地域団体の事務局をしている出身地・宮城県山元町に滞在中です。現場に近いところに滞在しているので、台風一過のさつまいも畑を見つつ、ボルトジンユ畑の草とりをしてきました。

改めて実際に行動し、見聞することが大事だと思いました。本や勉強で得る知識も大事なのですが、物事を肌感覚で捉えることが出来ないと、迷走してしまうような気がしています。

砂利道畑に向かう途中で、砂利道は東京都区内にもあるのだろうか?ととりとめの無いことを思いながら歩き、足元を見たら既に春の雑草の芽が出ていました。確実に、季節は動いています。

具体策を考える

ボルトジンユの畑は、結構な量の雑草が生えていたので、草取りはいい運動になりました。これから、収穫して加工の準備を進めていきたいと思います。まずは、乾燥と加工を委託する業者の選択、連絡で、その後、お世話になっている埼玉狭山のお茶園で味の調合の予定です。

ボルトジンユ(9月1日)何でも最初は時間がかかるとしみじみ思います。でも、0から何かを創るのはとても楽しい作業で、遊び感覚で進めています。日陰で使い勝手の悪い土地を活用し、付加価値のある商品を創る‥こんな楽しい遊びはないと思います。

もちろん、品質あってこその商品化なので、そこはしっかりと創っていきます。具体策を思いつけるのも実際に畑の様子を見て肌感覚で捉えられているからこそで、現場から離れてしまうと具体策よりもついつい理屈や理論に向かってしまいます。

特殊な仕事

0から何かを創るような仕事は9時-17時的な仕事の枠には入らないので、一般的には中々理解されにくいので厄介です。場合によっては夢の中でも考え事をしている訳で、雇われ仕事の場合、そのまま日報に書いてしまうと夜間勤務で残業代をもらわないといけなくなります。

それと、じっと机に向かっていても、ネットで検索していてもアイデアは湧いてこないので(湧く人もいるかもしれませんが)、人と話をしたり、博物館に行ったり、美味いものを食べたりしてアイデアの種子を補充しています。

『時間を自分で創れる』ということが最大の魅力だと思うのですが、自分で考えることの苦手な人や指示通りに動きたい人にとっては、かえって苦痛かもしれません。

水面下のバタバタ

水鳥も水面下ではバタバタしているという例えがあるように、人間も水面下でのバタバタが大事だと思います。毎回、決まったことをするだけならばバタバタしなくても良いのですが、そういう生き方は面白くないと思っています。

今の時代は、確実に10年、20年前よりもやれることが広がっていて、移動手段には新幹線も飛行機のような物理的なサービスがあり、さらに言えばインターネットを活用すればどこに居ても仕事を出来ると思います。

検索もちろん、先ほどかいた現場を見ることで肌感覚を忘れないこと、人と人との関係を大事にすることはインターネットでは難しい部分なので、意識して補う必要があります。

さて、水面下のバタバタの話です。バタバタをしていない人の例として、同一のネタで講演している人や、同じ商品創りを指導している人を見かけることがあります。

残ねながらそういう人からは得られる学びはほとんどありません。いくらインターネットで情報が得られると言っても、全てが使っている訳ではないので、各地を回ればそれなりに需要はあるのかもしれません。それでも、気が付く人にはすぐばれます。

バタバタしない人の末路

今までで、一番ひどかった講演会は、話の内容の大半がウィキペディアのコピーというものでした。講演者は、それなりに有名な大学を出ているベンチャーのような会社の役員でした。

恐らく、講演慣れしていて器用なので、適当なことをしていたのだと思います。前日に撮影した地元の写真をスライドに入れる当たりは上手いと思いましたが、肝心の中身は全くでした。

それでも、どこかの会社の2代目の人達がかなり感心していたので、気が付かない人にはそんなものかもしれません。今は、無尽蔵に情報があふれていますが、取捨選択が出来ないとどんどん誤った方向に進んでいきそうです。その辺は意識して気をつける必要があると思います。

そして、バタバタし続けることが創造的な仕事の第一歩になるのだと思います。


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『聞く力』と『伝える力』

いくら親しいと思っている相手でも、その人の考えを全て理解することは至難の技だと思います。だからと言って、理解しようとする行動を不要であるとは言いませんが、結局のところ人間関係は『聞く力』と『伝える力』のバランスだと思います。

感じたこと

いろいろなご縁があり、事務局を担当している任意団体『山元の未来への種まき会議』の他にも、今はいくつかの団体の打ち合わせに参加させてもらっています。

実際に関わっている打ち合わせであれば、その場での話の雰囲気(本気の話なのか、冗談交じりなのか)も、具体的な進捗状況も肌感覚として理解できます。ただ、参加できない時には議事録を見ても感覚がつかめなくて苦労する時があります。

トラブルやはり、自分の中で感じることがスタートなのだと思います。もちろん、多忙な人は全ての打ち合わせに出ることは難しいので、どうすれば話し合いの内容を理解し、それをふまえて前進出来るかを考えてみたいと思います。

聞く力

ここで大切なのが、最初に書いた『聞く力』だと思います。より具体的に書くと『質問力』となります。議事録を読めば大体の内容はつかむことが出来ます。しかし、記録するのは人間なので言葉の選択や記述の仕方で印象は大きく変わってきます。

そのような時に役立つのが『質問力』です。議事録を記入した人にいくつか尋ねるとだいぶ状況が分かってきます。自分の場合、次のようなことを意識して質問するようにしています。

・主語(誰が)の欠けている部分の主語を尋ねる

・数字、日付を再度確認する

この2点です。誰が何を言っているのか、そこに関わる数字(経費、数量など)と日付(いつまで)ということが分かればかなりの部分を理解することができます。議論をしていくうちに、議論をすること自体が目的となってしまい、本来決めるべきことが抜けてしまうことが多々あるので、数字を入れることで進捗状況を客観的に把握することができるようになります。

伝える力

次に、聞いた情報を総合した上でどうまとめ、周囲に伝えるかということが大事になってきます。この時に一番注意が必要なのは、手元にある情報が客観的なものであるかどうかという点です。仮に、特定の人からの意見だけが手元にある場合、いくらその人との付き合いが長い場合でも冒頭に書いたように『人の考えは全て理解出来ない』ことを思い出す必要があります。

提案つまり、人からの情報はその人というフィルターを通しているために、生の情報と変質している場合が出てきます。もちろん、『伝える力』の優秀な人であれば生の情報をさらに整理して伝えられるのですが、そのような人はあまり多くありません。

多かれ少なかれ情報の中にクセが混ざっていると考えた方がよいと思います。クセの多い情報からクセを取り除くためにも、情報源を増やして多面的に考える必要があります。そうすると、同じ議題であっても全く異なる見方が出てくる場合があります。同時に、情報源となる人のクセも常日頃から見極めておく必要があります。

聞く力と伝える力のバランス

これはなかなか難しい問題です。一方的に話を聞くだけなのは楽なのですが、それでは一般聴衆となってしまいます。人の話を聞きながら、それを要約して伝えるというのが理想ですが、一方的に話しをすることに夢中になり、聞くことがおろそかになったりします。

自分の体験では、聞く方を優先しています。まずは、相手の人に語ってもらった上で自分の思考を整理するようにしています。この辺のバランスについては多くの本も出ていますが、やはり経験を積むことが一番だと思います。

天びん対峙している人が話をしたがっているのか、聞きたがっているのかを見定めた上で議論を始めていけば大きな齟齬は生じないと思います。最低限の段取り、日付が伝われば十分という割り切りも大事だと思います。

そして、自分の伝えたい内容の100%を伝える力を磨くよりも、最低限の50%を伝える工夫に集中する方がより現実的だと思います。


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やりたいことと、やれること

何かをやってみたい!‥と思うだけマシという考え方もありますが、アイデアだけ語る人、批判だけする人、実際に行動する人などなど様々なタイプに分かれるようです。

やりたいこと

自発的に発言したり、何かに書いたりしないまでも、大体の人は何かやってみたいことは1つ、2つあるように思います。全く無いという人でも問いかければ何かは出てきたりします。

中にはやりたいことがたくさんある人もいます。そういう人は、大体、地域活動や趣味などに熱心で、地元では顔の知られた存在になっています。そして、イベントの中心として存在していることが多々あります。

やりたいことが実現していて、十分に周囲とも上手く調和していれば良いのですが、中にはやりたいことを抱え過ぎて自分の出来る範囲を超えてしまっている人がいます。

困った表情の2人結果的に、やりたいことが周囲の人の迷惑になったり、関わっている人達が疲れてしまうというイベント病のようなものとなってしまいます。

やれること

『やれること』は、よく『やりたいこと』と対比で語られると思うのですが、案外自分の『やれること』を冷静に見つめることは難しいようです。いくつかのイベントをこなしていくうちに、自分の『やれること』が広がっているのも事実ですが、実際には周囲が支えている場合があります。

周囲の支えに気が付けば、自分の『やれること』を考えるきっかけになるはずなのですが、そこに気が付かないと『やりたいこと』だけがどんどん増えていき、『やれること』は誰かが担うという悪循環となります。

こういう悪循環は、いつか何かの形で爆発し、イベントの中止や人間関係の崩壊となっていきます。そうなってから気が付いても遅いのですが、地方ではそういう光景をよく目にすることがあります。

ふりかえる

どうすれば、『やりたいこと』と『やれること』のバランスが取れるのか?中々明確な答えが浮かんできませんが、1度立ち止まって、過去を『ふりかえる』ことが大切だと思います。

『やりたいこと』が山ほどある人にとって、立ち止まることは中々容易では無いと思うのですが、周囲の人と良く会話をし、誰が何をやってくれたのかを書き出してみると目で理解することができます。

メモ帳想像しているよりも、多くの人に支えてもらっていたことに気がつければ、自分の『やれること』の範囲が案外狭かったことを知ることができると思います。

もちろん『やれること』は経験とともに増えていくとは思うのですが、『やりたいこと』と『やれること』のバランスがちゃんと取れているかは定期的に確認しておく必要があります。

許容性

『やりたいこと』に対する想いが強くなると、同じ『やりたいこと』を持っている人とはとても合うのですが、方向性の異なる人が許せなくなってくるようです。

連帯感というか、同じ方向を向いている人であれば話は合うし、反対意見も出て来なくなります。全て肯定されるのでどんどん楽しくなっていきます。

会話しかし、方向性の違う人はどんどんと離れて行くので最終的な活動は先細りとなってしまいます。考えの合う人だけが集まって『やりたいこと』をするのも良いとは思いますが、多くの人を巻き込む必要のある地域活動には向いていないかもしれません。

『やりたいこと』の同じ人達が集まると、宗教的な方向に進むことになると思います。上手く進んでいるうちは何の問題も無いのですが、同じ言語で会話をしていても、何十年も寄り添っていても理解し合うことが難しいのが人間の本質なので、次第に疑心暗鬼となり、互いを傷つけあったりします。

余裕

結局は、仕事にも遊びにもある程度の余裕が必要なのかもしれません。多少右に動こうが左に動こうが、余裕があればバランスを保つことができます。余裕が無いと意地を張ったり、排除しようとしてしまいます。

では、余裕はどうすれば生まれるのか?やはり、客観的にモノゴトを捉えるということに尽きると思います。1度、他人になったつもりで、今自分の『やりたいこと』を見れば、本当に『やれること』なのかに気が付けるはずです。

先ほど書いた『ふりかえり』と合わせて、定期的に立ち止まる機会を設けないと、どんどん自分中心になっていき考えの異なる人を寄せ付けず、結果として自分も疲弊してしまうことになります。下手に実績を積み重ねてきたもの程、根拠の無い自信の原因になっているので注意が必要だと思います。


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坂の上の雲か足元の石か

人の性格は様々ですが、大きく2つに分けるとどうなるかということを考えてみました。

宮城県山元町

現在、出身地である宮城県山元町に滞在しています。あまり目立たない町ではありますが、色々な動きが出始めています。イベントなども多く計画されています。

先日は山元はじまるしぇ(2015年12月に初めてイベントを開催し1500人以上が来客)の会合に参加させてもらいました。多くの方が来ていて、とても楽しい時間でした。

ミガキハウス(山手にある民家で、今後、宿泊施設として改装予定)で開催されたのですが、道に迷い資材置き場にたどり着いたり、リンゴ畑で小さなイノシシを見たりとこちらも面白かったです。

視点

さて、タイトルにした『坂の上の雲』か『足元の石』かですが‥交流拠点のなわっしょ(宮城病院近くの建物で、山元の未来への種まき会議の事務局、一般社団法人ふらっとーほくの事務所がある施設)のホワイトボードに書いてありました。

坂の上の雲か足元の石かこれだけだと何事か分からないと思う のですが、人間には司馬遼太郎が書いたように『坂の上にある雲だけを見て追いかけていくタイプ』と、その対極としてこちらが勝手に考え出した『足元にある石だけを見つめていくタイプ』が居るという意味です。かなり極端な分け方ですが、理想家と現実家と言い換えてもよいかもしれません。

どちらが良いか悪いかという話ではなくて、自分はバランスの問題だと思っています。理想ばかりでも、現実ばかりでもつまらないと思うのですが、先日参加したまるしぇの 会合は理想も現実もあって楽しかったです。人の考えは中々共有しにくいもので、何年接していても新たな発見があります。そこが人間関係の面白いところかも しれません。

余談ですが、話のネタが無くなってしまったときは、自己紹介をオススメします。今更という情報の中に必ずこれまでに聞いたことの無い情報が出てきて盛り上がると思います。人を1人か2人挟むだけで意外な有名人と繋がったり共通の知り合いが居たりします。

視点の違いを許容する

参加者の考え方に幅がある団体は、決め事に時間がかかるかもしれませんが、色々なジャンルの人が自由に参加することが出来ます。一方で、方向性が定まっていると決め事は早いのですが、考えが違う場合、何となく入りにくい雰囲気が出てしまいます。

その辺も結局はバランスなのでしょうが、会話を通して物事を創っていく過程はとても面白く、勉強になります。この辺は本よりも現実の方が遥かに面白いなと思います。

人にはどうしても許せない範囲はあると思うのですが、同時に許せる、もしくは妥協できる範囲もあると思います。宗教は別としても、許容範囲は大きい方が良いと思っています。先ほど書いたように、副作用としてまとまりは無くなるかもしれませんが、考えに幅のあった方が臨機応変に対応できるからです。

よく、多様性といいますが、人間関係も自然も多種多様であるからこそ上手く循環しているのだと思います。単なる寄せ集めでは問題ですが、互いに尊重し合い、相手の苦手なところを補い合える関係を作っていけば組織でガチガチの団体とは異なった集まりになるような気がします。ありきたりな表現になりますが、柔軟に変化できる組織こそ一番強いのではないでしょうか。


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