地域活性化という実験3(試したこと)
何を考えたか
自分でできること→農業→ダイズ栽培(2013年)→失敗から、2014年はさつまいも栽培に切り替えました。その結果、さつまいもは立派に育ちました。試験には鹿児島県産のさつまいも苗を取り寄せました。さつまいも=九州、鹿児島という印象があり、どうせならば本場から取り寄せようと考えたのでした。
そして、品種は「安納いも」と「べにはるか」にしました。安納いもの存在は知っていたのですが、べにはるかの方は、行きつけの定食屋さんで焼きいもを食べたことで知りました。さつまいも=ホクホクで、どちらかと言えば水分が欲しくなるという印象だったのですが、べにはるかは滑らかな食感な上に非常に甘く、手に蜜が付くほどでした。焼きいものでありながら、まるで芋羊羹のようでした。
振り返れば、答えは足元にあったことになります。もちろん、インターネットの情報も活用しましたが、それ以上に自分自身の体験や詳しい方から聞いた話などを総合して組み立てることで、より実現性の高いことができることを学びました。
また、先ほど、鹿児島から苗を取り寄せたと書いたのですが、直接、鹿児島の農家さんを訪ねたりもしました。鹿児島の農家さんは本当によくしてくださり、さつまいも以外のソラマメやスナップエンドウ、マンゴーなどの畑を訪ねることができました。そして、今も年に1度のペースですが、鹿児島を訪ね続けています。
その他の実験
当時、さつまいもの栽培以外にも色々と試していました。まずは、唐辛子でした。なぜ唐辛子かというと、虫に強く栽培が簡単という農業雑誌の情報で決めました。ただ、普通の唐辛子では売りにくいと考え、奈良県の伝統野菜「紫とうがらし」や、唐辛子なのに甘い品種を植えてみました。
その結果、見込み通り唐辛子は病気や虫の影響を受けずにたくさん実りました。ただ、紫の唐辛子(熟すと赤色)は珍しいものの、どう食べていいのかを十分に伝えきれず、ほぼ売れませんでした。また、甘い唐辛子はパプリカのような味で確かに甘みはあったものの、果物のような甘さではなく、こちらも需要と供給のバランスをとれずに売れませんでした。
育てやすいという理由は、栽培側の都合であり、買う側の都合を考えていないという失敗事例でした。
その他には、「ボルトジンユ」という植物も栽培しました。こちらも、唐辛子と同じく農業雑誌に掲載されていて、血糖値を下げる効果があるとのことでした。健康によいということであれば、年配層や持病のある方に需要があるのではないかと考えて、苗を取り寄せてみました。
インターネットにもあまり情報がなく、未だに詳しくは分からないのですが、恐らくシソ科で限りなく雑草に近いように思えました。肉厚の葉で、ちょっと触るだけで独特な香りがしました。
畑に植え付けて観察を続けたら、夏の暑さや乾燥は全く問題ない上に芳香があるせいか虫はほぼ付きませんでした。そして、差し芽をすれば簡単に増やせることが分かりました。調子に乗ってどんどん増やし、収穫したものを試験的に粉末加工してお茶にしました。
このお茶が美味ければ最高だったのですが、世の中、そう上手くはいかず極めて苦いものができました。健康用というよりも、罰ゲーム向けのような味で、即お蔵入りとなりました。
振り返れば、唐辛子と同じく栽培側の意図が強すぎ、消費者の求めるものと隔たりがあったことが失敗の原因でした。ともかく、さつまいもに次ぐ矢は放たれることなく、失敗の歴史に加わったのでした。
さつまいも後日談
さつまいも栽培は、その後、テレビにも取り上げてもらったことで、だいぶ知ってもらうことができました。更に、農家さんが所有していた乾燥機で作った干し芋が好評で、地元の直売所では完売が続きました。急に類似品が増えたりもしました。さらに、地元の洋菓子店でお菓子に使われたり、さつまいも栽培のことを聞きに来られた方がいたりと色々ありました。
ダイズで失敗して1年、さつまいもが育つことを確認するのに1年と実に2年越しの実験でしたが、机上の空論ではなくて全て実証できたことは非常にいいことでした。この試験に影響を受けた訳ではないかもしれませんが、さつまいもを栽培する畑が増え始め、2021年も増加傾向となっています。
あと、さつまいもを実際に栽培して気づいたことが1つありました。それは、さつまいもが寒さに弱いということでした。考えてみれば、南方由来のさつまいもが寒さに強いのは当たり前のことなのですが、全く気付いていませんでした。収穫直後は秋だったので何の問題もなかったのですが、12月後半になり、寒さが増したせいでさつまいもがダメになってしまいました。
さつまいもの端から腐りはじめ、置いておくと傷み具合がどんどん進行して最後はグズグズになってしまうので、急遽、いもの端を切り落として焼きました。焼いてしまえば、冷凍にしても保存が効くのですが、生芋ではダメなので苦肉の策でした。寒い1月に流し場でそんな作業をしていたことも今となってはよい思い出です。
焼いたいもは少量ずつでしたが、お世話になった方々に送ることができました。そして、全ての焼きいもを送り終えたとき、ようやくさつまいも栽培の1年が終わった感じがしました。