最近は記事の投稿がおろそかになっていましたが、雑草に関わる相談を受けたり、地域づくりの企画や冊子の校正など色々なことをやっていました。

近況

数日前は雪に囲まれた事務所でレトルトカレーを食べ、日がな一日読書をして沈黙の時間を過ごしていました。その反動か、今週は色々な方と出会えてとても楽しい時間となっています。振り返ってみると対面での会話は数年ぶりだったりして、ネット上では活動が分かっていても、実際に会って話を聞かないと分からないこともたくさんあって、とてもよい刺激になっています。

振り返ってみると対面での会話は数年ぶりだったりして、ネット上では活動が分かっていても、実際に会って話を聞かないと分からないこともたくさんあって、とてもよい刺激になっています。

今日は、お会いした方と共通の知人の話になりました。その知人は、自分より格段に若いときにそのままの年齢で止まってしまい、過去を振り返ることしかできない存在となりました。それだけでも時間の移ろいを感じます。

自分自身、2015年くらいからやってきたことは、当時の記録を見ないとすっかり忘れていて、あまり振り返ることも無いのですが、会話をしながらその頃のことを思い出しました。

ひょうたんを育てていた頃

過去を振り返る中で、今日お会いした方が「大学でひょうたんを作っているひとがいる」ということを知人から聞いていたそうです。それは誰とも間違いようがなく自分のことなのですが‥確かに、ひとが一生の間に生産するであろうひょうたんの数百倍くらいは育てていました。実際は義務教育にでもしない限り、ひょうたんを育てることの無いままに人生を終えるひとの方が多いと思います。

当時、近所のホームセンターで種を買い、大学の温室で苗を育ててから移植、土づくりや害虫の防除などを毎年やっていました。最後の方は、落ちた種から勝手に生えてきたひょうたんを土の上に這わせる自然栽培のようなこともやっていました。

あそびと意味付け

ひょうたんづくりは完全に遊びだったのですが、誰かの記憶に残り、さらに数年ぶりの会話に出てきたことで報われた感じがしました。最近は、ひとり文化事業の「どんぐり博物館」という冊子をつくったり、空想求人を考えたりしていたのですが、その辺も、後々の時間に何かの影響を与えていくのかもしれません。

ただ、これらは意図的にやっている訳ではなくて、単に自分自身が面白いからやっているといます。結果として何か意味を持てば更に面白いとは思うのですが、何も起きなくたってそれはそれで全然いいかなと考えています。