人の性格は様々ですが、大きく2つに分けるとどうなるかということを考えてみました。

宮城県山元町

現在、出身地である宮城県山元町に滞在しています。あまり目立たない町ではありますが、色々な動きが出始めています。イベントなども多く計画されています。

先日は山元はじまるしぇ(2015年12月に初めてイベントを開催し1500人以上が来客)の会合に参加させてもらいました。多くの方が来ていて、とても楽しい時間でした。

ミガキハウス(山手にある民家で、今後、宿泊施設として改装予定)で開催されたのですが、道に迷い資材置き場にたどり着いたり、リンゴ畑で小さなイノシシを見たりとこちらも面白かったです。

視点

さて、タイトルにした『坂の上の雲』か『足元の石』かですが‥交流拠点のなわっしょ(宮城病院近くの建物で、山元の未来への種まき会議の事務局、一般社団法人ふらっとーほくの事務所がある施設)のホワイトボードに書いてありました。

坂の上の雲か足元の石かこれだけだと何事か分からないと思う のですが、人間には司馬遼太郎が書いたように『坂の上にある雲だけを見て追いかけていくタイプ』と、その対極としてこちらが勝手に考え出した『足元にある石だけを見つめていくタイプ』が居るという意味です。かなり極端な分け方ですが、理想家と現実家と言い換えてもよいかもしれません。

どちらが良いか悪いかという話ではなくて、自分はバランスの問題だと思っています。理想ばかりでも、現実ばかりでもつまらないと思うのですが、先日参加したまるしぇの 会合は理想も現実もあって楽しかったです。人の考えは中々共有しにくいもので、何年接していても新たな発見があります。そこが人間関係の面白いところかも しれません。

余談ですが、話のネタが無くなってしまったときは、自己紹介をオススメします。今更という情報の中に必ずこれまでに聞いたことの無い情報が出てきて盛り上がると思います。人を1人か2人挟むだけで意外な有名人と繋がったり共通の知り合いが居たりします。

視点の違いを許容する

参加者の考え方に幅がある団体は、決め事に時間がかかるかもしれませんが、色々なジャンルの人が自由に参加することが出来ます。一方で、方向性が定まっていると決め事は早いのですが、考えが違う場合、何となく入りにくい雰囲気が出てしまいます。

その辺も結局はバランスなのでしょうが、会話を通して物事を創っていく過程はとても面白く、勉強になります。この辺は本よりも現実の方が遥かに面白いなと思います。

人にはどうしても許せない範囲はあると思うのですが、同時に許せる、もしくは妥協できる範囲もあると思います。宗教は別としても、許容範囲は大きい方が良いと思っています。先ほど書いたように、副作用としてまとまりは無くなるかもしれませんが、考えに幅のあった方が臨機応変に対応できるからです。

よく、多様性といいますが、人間関係も自然も多種多様であるからこそ上手く循環しているのだと思います。単なる寄せ集めでは問題ですが、互いに尊重し合い、相手の苦手なところを補い合える関係を作っていけば組織でガチガチの団体とは異なった集まりになるような気がします。ありきたりな表現になりますが、柔軟に変化できる組織こそ一番強いのではないでしょうか。


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