制限、規制、決まりという言葉を聞くと何となく重苦しいイメージがあります。しかし、捉え方によっては非常に面白い場合もあります。今回は制限の楽しみ方について書きたいと思います。

身近な制限

我々の生活に目を向けると、実はたくさんの制限に囲まれています。無意識に制限に従っている場合もあります。例えば、スポーツです。ルールという名称の制限下で競っています。ルールを無視した場合は競技が成立しません。

他にも、交通、税金、条例などたくさんの法律が制限として存在しています。結局、我々は制限の中で日々を過ごしていると言えます。

制限は楽しい

さて、そんな様々な制限ですが、制限があるから楽しいとも言えます。スポーツがその際たるもので、何でもありでは全く面白くありません。ゲームも将棋もチェスも制限の中で行われます。

チェスまた、制限があるから制限を守るために様々な工夫をするようになります。普通、お金、場所、人の不足は大きな制限ですが、限られた中で最大の効果を出すのが面白い所です。

無ければ無いなりにできることがあるし、そういう自由な解釈を出来るかどうかが大きな差となるのではないでしょうか。

考え方

少し話が横道にそれます。昔、襟裳岬という歌が流行った時、歌詞の中の「襟裳の春は何も無い春です」という言葉に反発した方が多かったという話を聞きました。

確かに、襟裳に何も無い訳では無いのですが、その歌詞に惹かれて襟裳を訪れた人も多かったはずです。

結局、何でもあるのが当たり前の時代には、何も無いと言ってしまった方が面白くなる訳です。制限に対しても、額面通りに受け取って怒るより、楽しむようにしていけばいいと思います。

伝え方

制限の中で何をどう伝えるのかということで、ちょうどよい事例があります。先日まで開催されていた栃木県益子町の秋の陶器市です。宇都宮市からはバスで約50分と必ずしも便利な場所では無いのですが1日に数万人が訪れる一大イベントとなっています。

町の人口の2倍以上の人々が1日に訪れるイベントというのは、希有な事例かもしれませんが、そこから学ぶことは多々あると思います。

吊るし柿(益子)例えば、建物の入口に柿が吊るしてありました。写真があまり上手ではないので伝わりにくいかもしれませんが、非常に風情がありました。

これは、推定ですが、吊してある個数が少なくて柿を吊ってある紐の長さがバラバラであることから、単に食べるために干してあるのではなく、見せるために吊るしているように思いました。田舎であれば、柿も吊るすために使う木の棒はいくらでもあります。

植物染め(益子)他にも、秋空の下で植物染めの布が風に舞っている姿は非常にきれいでした。きれいな空に、風などは地方の特権だと思います。要するに、地方では当たり前のものを使ってどう伝えるかにかかっています。

地方創成

最後に、今流行りの地方創成についてです。明確な答えは無いのですが、地方は様々な制限があります。もちろん、都会と比較した場合の話です。

一方で、地方には都会には出来ないこともたくさんあります。土地があり、森があり農地があります。これらの条件を制限というよりもルールと捉え、ルールの中で街作り、人作りをしていけば良いと思います。

かつて小さな藩でも、優秀な人が存在したり、名産があったように、ルールを最大限に活用した地域からは優れた人材やモノが輩出されていくのではないでしょうか?

今後、制限を楽しめる人こそが地域を変えていくと思います。