引き続き出身地・宮城県山元町の滞在記です。10月24日と25日については別に記述してあります

再び山元町へ

10月26日、仙台で午前中の予定を終えた後、常磐線で山元町へと移動しました。常磐線は震災前、上野から仙台まで結ばれていましたが、現在は震災の影響で一部電車での運行が止まっています。

常磐線の車窓から

山元町にある常磐線山下駅と坂元駅は現在、代行バスの運転となっており、不便な状況はまだ続いています。そのような交通状況下ですが、移動して宮城病院の近くにある拠点「なわっしょ」に滞在することとなりました。

拠点について

拠点には専属の事務員一名と、拠点を借りて東北で活動をしている一般社団法人のメンバーが2名居ました。ともに、30才前後の若手で、あちこちに出掛けて活動をしていました。

なわっしょ看板

拠点は、現在宮城県からの支援を受けて運営されています。いわゆる助成金事業なのですが、すぐに利益を得られない事業には非常にありがたい支援だと思います。

なわっしょ建物

もちろん、助成金が有効に活用されているかをしっかりと見極める必要がありますが、箱物建築と比べれば格段に少額の予算です。将来に向けて、少額でも継続した支援があれば非常に助かるのですが、こればかりは担当者の熱意に比例するようです。

拠点での日々

彼らの姿を、今回間近で見ることができました。学校であれば指示や課題を示されて、それに対処するという形になりますが、彼らは自分の頭で一日の活動をしていました。

一見、自由ではありますが限られた人員と時間の中で有意義に過ごし、成果を上げることは中々大変なことです。そのような条件下で動く姿を見て、よい刺激をもらいました。そして、地方には彼らのような力が不可欠であることを確信しました。

安心できる保障

現在、彼らを支える財源は県や商工会からの助成金や委託金、企業や財団からの寄付金です。このため、1年後の保障はありません。

今の時代、人が生きる上ではお金が必要となります。お金という裏付け、つまり生きる保障があって初めて復興支援活動ができます。

札束

在籍しているだけで給料が支払われる復興庁や行政の職員とは大きな差です。極端に言えば、ただ居るだけで給料のもらえる人と、活動して成果を出してようやく給料のもらえる人の差です。また、仕事量や成果と給料・保障が比例していないという現状はよく考える必要があります。

継続した活動

金の切れ目が縁の切れ目ともいいますが、被災地ではそのような事柄を多く見かけます。もちろん、助成をもらうだけで成果の出ない事業は止めるべきだと思います。

一方で、社会的に必要な事業に対しては数年間じっくり取り組める支援が必要だと思います。先程も書いたように、支援に関わる人が専念できる保障体制を作るべきだと思います。

走る

また、これと平行して、各団体は自力で資金を得ることも忘れてはいけないと思います。被災地に自立した事業が増えることによって継続した支援が可能となります。

出来る範囲の手伝い

たまに都内の会合に出ると、今でも復興支援に関わろうとする多くの方に出会います。もちろん、それぞれの関わり方は様々です。

支援はかなり様々な選択肢があります。必ずしも高い交通費を支払って、現地まで行く必要はありません。交通費の分を支援したい団体に寄付するだけでも十分な貢献です。

また、パソコンが得意な人、イラストや写真が得意な人も得意分野を生かした支援が可能です。自分のやれる範囲での支援でも大きな貢献となります。

山元町へ

自分としては現状のよく分かる出身地・宮城県山元町に多くの力を結集したいと思っています。このため、会う人、会う人に山元町の話をするようにしています。同時に、インターネットでの情報発信も続けています。

影

被災地に1人でも多くの力が集まり、宮城県山元町を始め多くの被災地がより良い未来に向かって歩んでいけることを思いながら、日々過ごしています。


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